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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

間引き必要説の大ウソ

間引き・・  シロナガスクジラを絶滅から救うためには、ミンククジラを間引かなくてはならない──そんな言説が、日本ではまことしやかに出回っています。確かに、地球上最大の動物にして、絶滅に瀕する野生動物の象徴とされるシロナガスクジラは、捕鯨産業による乱獲がたたって個体数が激減し、捕獲禁止後半世紀たってもなかなか回復の兆しが見えません。いったい、捕鯨によって絶滅に瀕したシロナガスクジラを、捕鯨によって助けることができるのでしょうか?
 この仮説のもとになっているのは、1960年代~80年代にかけて提唱されたオキアミ余剰仮説──18世紀から20世紀にかけての大型ヒゲクジラ類とミナミオットセイの乱獲により、それらの動物が餌にしていたオキアミに余剰が生じた──という主張です。ただし、クジラではなくペンギンの個体数増加を説明する根拠として用いられていました。当時はまだ商業捕鯨が続いている最中で、ミンククジラの生息状況に関する情報も限られていたからです。
 シロナガスクジラとミンククジラの競合を唱えだしたのは、大隅清治氏や加藤秀弘氏をはじめ、調査捕鯨/商業捕鯨支持の立場を明確にしてきた御用学者です。大型鯨類の減少によって生じたニッチ(生態的地位)の空白をミンククジラが占めたとするのが彼らの仮説で、鯨種の競合を調べることも調査捕鯨の目的のひとつに掲げられています。はたして、それは本当なのでしょうか?
 南半球に生息し、日本の調査捕鯨の対象となっているクロミンククジラの個体数については、近年まで76万頭という数字が独り歩きしていました。しかし、これは国際捕鯨委員会(IWC)で合意されていない〝仮置きの数字〟にすぎません。実は、ほかでもない日本の調査捕鯨によって収集されたデータの解析結果からは、少なくとも調査期間中にはクロミンククジラが増加していないことが確認されたのです。それより以前の個体数は、上述のオキアミの余剰仮説をもとに机上で算出されたごく大ざっぱな推計で、調査によって実測された値ではないのです。性格の異なる別々の数字を時系列で並べて増減を比べても、科学的には意味がありません。比較考量可能な唯一のデータが、国際機関と各国共同による南極海全体の大がかりな目視調査・IDCR/SOWER(南大洋鯨類生態調査)の2周目と3周目の調査結果であり、それによれば72万頭から51.5万頭に大きく減少したことが判明しています。これはIWC科学委員会でも公式に認められた数字です。
 このように、現在は個体数が安定もしくは減少しているクロミンククジラですが、かつて増加した時期があったとの推測はあります。その根拠とされるのが、商業捕鯨時代からのデータの比較で明らかになった性成熟年齢の低下。ただ、これは間接的な状況証拠にすぎず、理論的には減少している場合でも起こることで、実際ナガスクジラなどでも報告されています。また、増加のあった期間やどのくらい増えたかについては、何も教えてくれません。さらに、海外の研究者によるDNAを用いた研究で、外来種などの動物が急激に増加した際に見られるボトルネック効果が、クロミンククジラにおいては起きていなかったことが報告されています。このほか、最近の非致死調査によるクロミンククジラの摂餌行動の研究でも、他の鯨種と棲み分けていることがわかっています。南極海のクロミンククジラとザトウクジラが棲み分けていることは、やはり日本の調査によっても判明しています。
 巷ではあまり知られていませんが、調査捕鯨の当事者は最近「回復したザトウクジラやナガスクジラによってクロミンククジラが圧迫されている」という、従来とは真逆の主張をし始めています。これは、クロミンククジラの増加が確認できなかったことと、調査捕鯨の数少ない成果とされる脂皮厚の減少という現象に基づく推測です。ザトウクジラが半世紀に及ぶ捕獲禁止措置と各国の保護によって徐々に回復してきたことは確認されていますが、南半球ナガスクジラの個体数についてはIWCで合意は得られておらず、いずれにしても商業捕鯨開始以前の個体数には程遠いことは間違いありません。クロミンククジラの脂皮厚の減少に関しては、統計処理に問題があり信頼できないとIWCで批判を受けています。
 クロミンククジラに対して〝海のゴキブリ〟という呼称を持ち出して物議を醸したのは、国際捕鯨交渉に携わった元水産官僚・小松正之氏でした。もし、それが事実だったら、数の少ないナガスクジラやザトウクジラがクロミンククジラを抑えて増殖することは不可能でしょう。ナガスもザトウも〝ゴキブリを超えるゴキブリ(テラフォーマーズ?)〟だったことになってしまいます。大体、性成熟年齢に達するまでに少なくとも7年以上、一産一子で繁殖間隔も最低1年以上のゴキブリなんて、どこにもいやしません。そんなこといったら、哺乳類の99%は〝ゴキブリを超えるゴキブリ(テラフォーマーズ??)〟になってしまいます……。そうした発言は、生物学・生態学に対する根本的な無知無理解の証であり、当事者としてきわめて無責任といわざるをえません。
 それは、これまでミンククジラを間引く必要を唱えてきた大隅氏や加藤氏ら御用学者も同様です。彼らは科学者として捕鯨産業が乱獲を招かないようきちんと監視する役割を負っていたにもかかわらず、長年にわたってその責務を果たしてこなかったばかりか、あたかもミンククジラが〝悪者〟であるかのように吹聴してきました。しかし、商業捕鯨モラトリアム期間中に、クロミンククジラの増加が停止し、ザトウクジラなどがそのクロミンククジラに影響を及ぼすまでに回復に向かうことなど、日本の鯨類学者たちは何一つ予見できはしなかったのです。彼らは過ちを認めて自ら拡散してきた稚拙な仮説を撤回し、研究者としての説明責任を果たしたうえで、国際社会に謝罪すべきです。
 クロミンククジラは増えているどころか減っている疑いがあり、過去の増加も間接的な状況証拠のみではっきりしたことはいえません。一方、クジラと違って、いくつかの動物では個体数の増加が観察されており、主に捕鯨の乱獲によるオキアミの余剰が原因と考えられています。南極海では、クジラ以外にもカニクイアザラシやナンキョクオットセイなどの鰭脚類、ペンギン、海鳥、イカ、魚類など、さまざまな動物がオキアミを捕食しています。ナンキョクオットセイは自身も乱獲によって絶滅寸前にまで追い詰められましたが、その後奇跡的に回復し、現在ではクロミンククジラよりはるかに多い100万頭以上生息すると見積もられています。いまではナンキョクオキアミの最大の捕食者とされるカニクイアザラシの生息数はもっと多く、およそ1500万頭と推定されています。南極の海洋生物資源の保存に関する委員会(CCAMLR)によれば、魚やイカはヒゲクジラ、ペンギン、オットセイよりはるかに多くのオキアミを捕食するとみられます。また、単位体重当りの摂餌量では、ペンギンや鰭脚類のほうが鯨類を上回ります。生態学の見地からは、競合種のうち単位体重当り摂餌量の少ない動物を間引いても、その効果は低くなります。さらに、クロミンククジラのように繁殖率の低い競合種を間引くことで、空いたニッチがより繁殖率の高い競合種であるアザラシ、ペンギン、魚、イカなどに速やかに占められてしまい、シロナガスクジラの回復がさらに遅れる恐れもあるのです。すなわち、仮にシロナガスクジラを回復させる一定の効果が間引きにあるとすれば、クロミンククジラではなく、ナンキョクオットセイやカニクイアザラシ、各種のペンギン、魚、イカ等が対象となるべきでしょう。
 もっとも、例えばアデリーペンギンなどは、オキアミの余剰によって一時的に増加したと考えられるものの、1990年代以降になって逆に減少してきていることがわかっています。その原因として考えられるのが気候変動(地球温暖化)です。クジラの乱獲がもたらした良好な環境は、ほんの気休めでしかなかったのです。気候変動その他の海洋環境の変化は、もちろん鯨類とも無関係ではありません。そうした環境の変化に対し、どの種がどの程度敏感で影響を受けやすいかは、それぞれの種の生態に応じて微妙に異なるうえ、種と種同士の関係によっても変わってきます。クロミンククジラの致死調査に特化した日本の調査捕鯨は、その問いに答えを出すことなど決してできません。南極海生態系の保全のために求められる調査研究とはあまりにもかけ離れたものなのです。

 このように、「ミンククジラを間引けばシロナガスが回復する」という主張には何の科学的根拠もないと、すでにはっきりと決着がついています。調査捕鯨の都合のいい口実にされてきたこの仮説には、大型ヒゲクジラ類の減少がどのようにしてもたらされたのかという視点と説明が欠如していました。そこにはむしろ因果関係の転倒さえうかがえます。事実をいえば、シロナガスクジラなどを減少させたのはあくまでも商業捕鯨による乱獲です。ミンククジラではありません。
 南半球のシロナガスクジラは、南極の自然に捕鯨船が闖入してくるわずか一世紀前までは、少なくとも現在のクロミンククジラと等しい(バイオマスで見ればはるかに多い)ケタの個体数が生息していました。人間の管理がなければ回復できないのであれば、過去数万年に及ぶ競合の過程でとっくに絶滅していたことでしょう。実際には、シロナガスクジラもクロミンククジラや他の繁殖力の高い競合種と間違いなく共存できていたのです。にもかかわらず回復が進まないのは、個体数の大幅な減少そのものが繁殖に著しい支障をきたしているからだと推測できます。絶滅の危機にある野生動物が、社会行動の変化など、単純な数以外の要因で回復しないケースがあることは、広く知られています。そのような状態にまでクジラたちを追い詰めた人間が、「南極海の生態系を管理できる/しなければならない」などと嘯くのは、おこがましいにもほどがあります。
 いわゆる間引きによる野生動物の管理が必要な状態というのは、天敵を撲滅したり、植生を大幅に改変したり、あるいは人間がよそから持ち込んだ移入種だったりと、いずれも人間の浅はかさが招いたものです。なんと、日本の捕鯨関係者の中には、沖縄のマングースをミンククジラと同列に扱った人までいました。これにはさすがに開いた口が塞がりません。なぜって? だって、沖縄に外来生物のマングースを導入したのは、「ハブを退治しよう」などという、まさしく捕鯨擁護派と同じ安易すぎる自然管理の発想にほかならなかったのですから──。

 今の日本に必要なのは、なぜこのようなデタラメが社会に浸透してしまったのか、しっかりと検証を行うことです。一般市民の環境リテラシーの不足は、環境教育の後進性や、身近な自然の中で野生動物と遭遇する機会の減少とも無関係ではないでしょう。いずれにしても、トンデモな俗説をばらまいてきた捕鯨サークル(水産庁・日本鯨類研究所・日本捕鯨協会/共同船舶)の官僚や御用学者らと、彼らに加担してきたマスコミの責任は厳しく問われなければなりません。

参考リンク:
Whale Population Estimates | IWC
Krill – biology, ecology and fishing | CCAMLR
Minke whales' 'extreme' feeding habits observed for first time | Science
リーフレット『クジラが魚を食べ尽くす??なわけがないっ!!!!』|IKAN
「クジラが魚食べて漁獲減」説を政府が撤回|JANJAN(アーカイブ)
日本鯨類研究所の謎報告書(2006年版)+Krill Surplus|flagburner's blog(仮)
The end of the Krill Surplus Hypothesis?|flagburner's blog(仮)
青い裸の鳥の王様|3500-13-12-2-1
ルイセンコは死なず|3500-13-12-2-1
サイエンス誌2月13日号に「クジラ食害論」を否定する論文が出た|英語・ドイツ語翻訳者に転職したドイツ語好きの化学者のメモ
The ICR continues looking for the scientific reason of the research whaling in a postscript


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