地球温暖化とクジラ
地球温暖化(気候変動)とクジラの保護/捕鯨問題──この2つの間には、自然科学・社会科学の両面で非常に深い関わりがあります。
A.捕鯨およびクジラと気候変動との直接の科学的関連
- 地球温暖化によって海洋生態系とその一部である鯨類が受ける影響
《クジラの〝被害者〟としての側面》 - 森林のように鯨類が炭素を固定して人為的な気候変動の影響を緩和してくれる効果
《クジラの〝守護者〟としての側面》 - 捕鯨産業のきわめて大きな環境負荷・温室効果ガス排出とその責任
《捕鯨の〝加害者〟としての側面》 - 捕鯨と地球温暖化との相乗効果によって増大するクジラへの影響
《捕鯨の〝共犯者〟としての側面》
B.地球環境問題、国際政治問題としての議論や構図の共通点
- 規制の足を引っ張り業界を利する陰謀デマの流布と業界団体のメディア戦略
《目くらましアイテム1:〝陰謀デマ〟》 - 原発と捕鯨両推進派が用いる〝多様性〟という偽装エコキャッチフレーズ
《目くらましアイテム2:〝多様性〟のまやかし》 - 地球温暖化防止・海洋環境保護・野生動物保護・乱獲規制に共通して見られる日本の後進性
《ダブル〝化石賞〟》 - 先進国と発展途上国との構造格差を独善的に利用する日本の外交手法の倫理的問題
《捕鯨ニッポンの覇権主義・超拡張主義》 - 過去の環境破壊(温室効果ガス排出と捕鯨産業の乱獲)に対する責任論・国際的公平性の観点
《捕鯨ニッポンの歴史修正主義》
以下、順々に見ていくことにしましょう。
A1.クジラの〝被害者〟としての側面
生態系を構成する野生動物であるクジラは、人類が引き起こした地球温暖化のまぎれもない犠牲者。南極海に生息し、日本の調査捕鯨の捕獲対象となっているクロミンククジラは、ヒゲクジラ類の中でも氷縁で採餌する習性から、気候変動に対して最も脆弱な種の1つであると考えられています。
詳細は以下のリンク。
クジラたちを脅かす海の環境破壊:地球温暖化
参考リンク:
Impact of climate change on whales|WWF
「地球温暖化とクジラ類との関係についての総説を読む」(英語・ドイツ語翻訳者に転職したドイツ語好きの化学者のメモ)
A2.クジラの〝守護者〟としての側面
実は、クジラは地球温暖化の被害者であるだけでなく、地球を守ってくれる守護者の側面もあるのです。気候変動によってヒトが受ける被害を減らしてくれたり、温暖化の進行そのものを遅らせてくれているのです。
乱獲によって激減した状態から一部の個体群が回復しつつあるだけで、「クジラが増えている」という主張には科学的根拠が何もありません。一方、日本周辺の海で起きている、エチゼンクラゲやナルトビエイの増殖などの異常事態とそれに伴う漁業被害は現実のものです。そこにも地球温暖化が深く関与しています。漁業対象となる魚種の資源量の周期的な変動、いわゆる魚種交代とも気候変動は無縁ではありません。クジラ食害論には何の科学的根拠もありませんが、気候変動は乱獲とともに漁獲量減少の主因と考えられています。実は、食性の幅が広い捕食者である一方、世代交代の間隔が長く繁殖率が低いため個体数変動の緩やかなクジラは、魚の数の極端な変化を抑えてくれる〝生態系の緩衝装置〟の役割を果たしてくれています。気候変動の進行によって魚種交代の周期が崩れたり、さらに極端になった場合にも、クジラがいることでその影響が少しは軽減されるでしょう。
もうひとつ、クジラをはじめとする大型海洋動物は、温室効果をもたらす二酸化炭素を深海に固定することで気候変動を抑制してくれる、きわめて重要な役割を担ってくれているのです。
海洋では、各種の藻類やサンゴなどが石灰として海中に溶け込む二酸化炭素を固定し、一時的に在庫を持つことで、陸上の森林と同様に温暖化を抑制する働きを担っていると考えられます。しかし、温暖化の進行で海水温が上がると、サンゴは白化して死滅してしまいます。このまま人類の活動による温室効果ガスの排出が続けば、温暖化をますます加速しかねません。この正のフィードバックがあるため、サンゴをあてにすることはできないのです。一方、藻類は海水温の上昇によって増えると考えられますが、二酸化炭素の固定は一時的で、すぐに大気中に放出されてしまいます。また、赤潮のような海洋環境に好ましくない変化が増大する懸念もあります。
それに対し、クジラは食物連鎖を通じて摂り入れた炭素をダイレクトに深海に運搬し、長期間固定してくれます。また、気候変動の影響を受けるとはいえ、サンゴほど急激な正のフィードバックは起こしません。しかも、二酸化炭素を固定する効果は、なんと森林をも上回ることが研究の結果明らかになっています。クジラを捕るのをやめて保護することは、森の木を伐るのをやめて保全する以上に、地球環境保護に役立つのです。
このように、海の生態系の一部であり、純然たる被害者のはずのクジラたちが、豊かさを追い求める私たちニンゲンの身勝手な振る舞いの尻拭いをしてくれているのです。気候変動を引き起こし、クジラたち野生動物に迷惑をかけたうえに、直接捕鯨で追い詰めるのは、自然をコントロールする能力などないニンゲンという動物の愚かさを証明することでしかありません。
詳細は以下のリンク。
捕鯨は森林破壊に勝る環境破壊!!
捕鯨は森林破壊に勝る環境破壊!!・2
参考リンク:
Why whales can help save our planet – if we let them|WDC
Carbon credits proposed for whale conservation|Nature
A3.捕鯨の〝加害者〟としての側面
遠洋漁業は、一次産業の中でもエネルギー消費の高さで突出する〝高環境負荷型産業〟であることが知られています。それは、支出に占める燃油コストの比率の高さという形でも明瞭に示されています。為替変動や産油国の事情で燃油価格が高騰したとき、真っ先に漁業への懸念が取りざたされるのは、まさにそれが理由です。赤道を越えてはるばる地球の裏側まで赴く南極海母船式捕鯨は、その高環境負荷型遠洋漁業の典型であり、膨大な温室効果ガスを排出することがわかっています。
食品構造のエネルギー分析の研究によれば、水産食品の全エネルギー投入量は16,600kcal/kgで、肉製品(6,500kcal/kg)の2.5倍、酪農品(3,100kcal/kg)の5倍以上に上ります。また、FAOによれば、公海・遠洋漁業は200海里内の沿岸・近海漁業の地場消費のケースに比べ、二酸化炭素排出量が25倍に上ることが明らかになっています。実は、日本の南極海調査捕鯨による二酸化炭素排出量は、なんとその公海・遠洋漁業の平均の3.5倍以上に達し、航空輸送水産物に匹敵するきわめて高い数値なのです。
南極まで船団を往復させて鯨肉を輸送するコストだけではありません。鯨肉が消費者に敬遠されるのを防ぐべく〝食味の改善〟を優先する鯨肉は、より大きな電力を消費する超低温冷凍庫を使用します。また、鯨肉は在庫として倉庫に保管される期間が他の水産物より圧倒的に長く、供給量に対する在庫の比率が全水産物平均の約13%に対し約83%に達します。その分、冷凍設備の電力に加え、温室効果のきわめて高い冷媒・代替フロンによる環境負荷も上乗せされるのです。つまり、消費者のもとに届けられるまでにも、他の食品よりはるかに多くの環境負荷がかかるのです。加工・販売工程における単位生産量当り二酸化炭素排出量は、マグロの1.4kg-CO2/kgに対し、調査鯨肉では少なく見積もっても6倍の8.4kg-CO2/kgに上ると推定されます。輸送における排出と合わせるとおよそ17kg-CO2/kg以上に上り、オーストラリア産エコビーフと同等以上。一部の高級国産和牛(非有機・輸入飼料のみ)以外のほとんどの蛋白食品を超える結果になります。
〝地球にやさしくない体質〟を隠し、御用マスコミを通じてエコ偽装を図っている点で、公海鯨肉はまさに〝世界最悪の環境破壊食〟といっても過言ではないでしょう。
なお、現行の公海調査捕鯨の温室効果ガス排出については、以下で詳細に試算しています。
遠洋調査捕鯨は地球にやさしくない
参考リンク:
まぐろ消費に伴う大気汚染物質LCI(南他、2004 日水誌)
世界の漁業は気候変動に備える必要がある|FAO
A4.捕鯨の〝共犯者〟としての側面
多くの場合、野生生物の絶滅は複数の人為的要因が重なることで引き起こされます。海の自然・南極海生態系全体が地球規模の環境異変によって翻弄されているときに、気候変動を引き起こしている産業界(捕鯨産業自身を含む)と一緒になって、クジラたち野生動物をさらに追い詰めているのが捕鯨産業にほかならないのです。
B1.目くらましアイテム1:〝陰謀デマ〟
地球温暖化問題に関しては、もう何十年もの間、眉唾物の陰謀論がまかり通っています。よく知られているのがIPCCの研究者のメールが暴露されたクライメートゲート事件。ウォーターゲート事件をもじったものですが、実際には地球温暖化がでっち上げであることを示す証拠は一切なく、地球温暖化陰謀論者によるサイバー犯罪にすぎませんでした。
ウォーターゲートといえば米ニクソン大統領ですが、そのニクソン大統領といえば、1972年にストックホルムで開かれた国連人間環境会議の場で、米国が突然を捕鯨問題を持ち出したと唱えるベトナム戦争陰謀論。しかし、実在する当該公文書の中には、米国が日本をスケープゴートにするため捕鯨問題をでっち上げたことを示す証拠は何一つありませんでした。そして、蓋を開けてみれば、実際に陰謀を企てたのは捕鯨業界当事者である米澤邦男氏と梅崎義人氏だった事実が明るみになったわけです。
この2つの陰謀デマは未だにネットで出回り続けていますが、しばしばお互いに引き合いにされるうえに、〝不確実性/予防原理アレルギー〟という共通の特徴が見受けられます。環境問題ではこの不確実性が避けて通れないからこそ、予防原理が提唱され、国際的に受け入れられるに至ったわけですが、環境規制の導入を遅らせたい抵抗勢力には格好の攻撃材料になりました。「科学とは明快な答えを出すものだ」という庶民の先入観を巧みに利用し、〝曖昧な環境保護の主張〟と〝うさんくさい陰謀〟のイメージを結び付けたわけです。そして、「贅沢な暮らし/エネルギーの浪費」あるいは「南極産〝旨い刺身〟(本川一善元水産庁長官の国会答弁)」を追求することに対し、「NO」と非難を浴びて〝後ろめたさ〟や〝居心地の悪さ〟を感じたくないという心理に働きかけ、欲望を正当化する都合のいい口実を提供したのです。
捕鯨サークルがでっち上げた陰謀論についての詳細は以下のリンク。
B2.目くらましアイテム2:〝多様性〟のまやかし
最近は、原発推進派の〝エネルギー・ミックス論〟〝エネルギー安全保障論〟とそっくりの〝食糧安全保障論(鯨肉救世主論)〟を森下丈二IWC日本政府代表らがしきりに唱えています。どちらにも共通しているのは、『多様性』という決まり文句で市民を煙に巻く手法。
この多様性という言葉は、環境保護の文脈でも「生物多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」という形でしばしば用いられますし、人種・民族・宗教・性別等に基づく壁のない民主的な社会を指す指標として「多様性/ダイバーシティ」という用語が使われるように、〝エコ〟〝リベラル〟の印象を与えます。日本捕鯨協会/国際ピーアールによるこれまでの世論操作戦略は、『食文化』『伝統』という常套句を用いて愛国心・ナショナリズムに訴えかけるものでした。原発推進派も捕鯨推進派も、従来の支持層以外への訴求効果を狙うにあたっては、〝環境にいいイメージ〟を打ち出す必要があります。その点、この多様性という言葉ほど理想的なキャッチコピーはなかったでしょう。
ただ、両推進派によるこうした主張は、オルタナティブに対する漠然とした不安感を煽ることに力点が置かれる一方、原発と捕鯨の抱える数多くの問題点にはほとんど触れられることがありません。第三者の視点ですべての選択肢のメリット/デメリットを比較考量したうえでのベスト・ミックスの提案にはなっていないのです。日本政府の掲げる目標電源構成は、総エネルギー消費や問題のある原発や石炭火力については過大に見積もり、逆に省エネや再生可能エネルギーについては過小評価しています。世界の趨勢とは逆に、前者については〝野心的〟、後者については〝消極的〟な姿勢を打ち出しているのです。
もっとも、森下氏の唱える食糧安保論は、原発推進派のそれと比較してもあまりに稚拙で穴だらけです。TPP推進といった、わざわざ自給率を下げる方向へと梶を切る国の一次産業政策の大きな矛盾に異を差し挟むこともなく、既存の食糧需給をめぐる議論を完全にすっ飛ばしているのです。再生エネに相当するオルタナティブ(鯨肉・牛肉以外の畜肉・魚・昆虫食・菜食等)との対比や、省エネに相当する膨大な食糧廃棄削減に向けた取り組みについても、まったく言及されません。具体的な中身が何もないこうした言葉遊びは、原発推進広報の手法を無思慮にそっくり捕鯨に持ち込んだことからくるのでしょう。
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B3.ダブル〝化石賞〟
地球温暖化防止・海洋環境保護・野生動物保護と国際取引・持続的水産資源管理のいずれにも共通してみられるのが、日本の後進性です。抽象的には一見前向きの姿勢をアピールしているように見えても、具体的な数値目標となると、〝最少努力〟で達成できるよう比較対象となる年度を恣意的に設定したり。こうした数字の操作は、温室効果ガス排出目標や北太平洋のクロマグロ資源の管理目標で顕著に現れています。一言でいえば、建前と本音のギャップがあまりにも著しいのです。
1997年に採択された京都議定書は、せっかく自国の都市の名を被せてもらいながら、約束した削減目標を達成できないどころか大幅に上回る結果となり、国際環境規制の失敗のお手本と化してしまいました。それに代わる枠組として、2015年に国連気候変動枠組条約の中でパリ協定が結ばれました。同条約締約国会議では、対策に消極的な国に対してNGOから〝化石賞〟が授与されてきましたが、日本はその常連受賞国。2015年の交渉会議では、この不名誉な章を3つも同時受賞する羽目に。最近では、気候変動防止をめぐる国際交渉でリーダーシップを発揮するどころか、もはや日本には何も期待されていないありさま。
気候変動への取り組みにおける、先進各国に歩調を合わせることさえしない後ろ向きな姿勢──。ボン条約(移動性野生動物種の保全に関する条約)未加盟、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)での大量留保と法規制の抜け穴による象牙やペットのスローロリスをはじめとする違法取引横行──。大西洋と太平洋でのクロマグロ資源回復の歴然たる差が示す、最大消費国・日本の資源管理の取り組みへのリーダーシップのなさ──。これらはいずれも、IWCでの野心にあふれた貪欲な姿勢とは、あまりにも対照的です。
地球温暖化に関しては、反捕鯨国の米国や豪州も日本に劣らず消極的でしたが、政権交代で方針転換したため、少なくともベクトルに関しては日本よりマシになりました。気候変動に関しては、中国さえも米国と協調姿勢を打ち出しています。捕鯨国のノルウェーとアイスランドは、この分野では日本と正反対の先進国。南極海母船式捕鯨を強行する世界でただ1つの国・日本の〝化石〟ぶり──〝規制の足を引っ張るブレーキ役〟〝地球の揚げ足取り役〟としての存在感が目立つ結果になっているのです。
日本、3つの「本日の化石賞」受賞~国連気候変動ボン会議~|CAN
日本、国際社会の最重要課題である温暖化対策を放棄|CAN
B4.捕鯨ニッポンの覇権主義・超拡張主義
日本が気候変動枠組条約の締約国会議で環境NGOから〝化石賞〟を受賞し続けている大きな理由のひとつが、石炭火力発電所の増設および発展途上国向けプラント輸出と、国際規制の引き伸ばし工作。環境保護に後ろ向きな自国の姿勢から目を逸らし、責任を転嫁するために、援助と引き換えに同調を求める外交手法です。
最近では、捕鯨・遠洋漁業の文脈に限らず、「国益優先で当たり前」というエゴむき出しの声が高まりつつあります。また、国際的な環境規制を西洋の価値観になぞらえ、反発する思想をセットで植え付ける手法は、〝西洋列強の植民地からの解放〟を掲げながら、アジア・太平洋諸国に日本への従属・同化を強要した太平洋戦争時を彷彿とさせます。しかし、そのような札束外交は、ODAの理念に背き、被援助国の主権を蔑ろにするもので、明らかに時代に逆行しています。
詳細はこちら。
B5.捕鯨ニッポンの歴史修正主義
地球温暖化と捕鯨問題の両方に共通する政治的な構図がもう1つあります。それは、温室効果ガス排出抑制に後ろ向きな新興国の言い分です。すなわち、「温暖化を招いたのは先進国の責任」という理屈。「クジラを捕り尽くしたのはお前たち欧米の白人だ!」という捕鯨擁護派の主張と実によく似ています。付け加えるなら、自らの核保有を正当化するために、米国の広島・長崎への原爆投下を持ち出す北朝鮮の論理ともピタリと符合します。
温暖化問題に照らして考えればわかるとおり、過去の責任の所在を云々するだけでは事態は何一つ解決しません。「先進国の責任だから、新興国は排出削減の義務を負わなくていい」という主張は、もはや通用する時代ではなくなったのです。同様に、「西洋のせいだから日本にクジラを殺させろ」と訴えても、世界からは顰蹙を買うだけです。
もっとも、両者の間には1つ大きな違いがあります。南極海でのクジラの乱獲に関しては、日本は総捕獲量だけでもノルウェーに次いでおり、まさに重大な責任があるのです。EU諸国が化石燃料消費節減に向けて厳しい自己規制を課しているように、かつての捕鯨国も捕獲から保護へと全面的に転じました。それらの国々に対し、鯨類と海洋環境保護への取り組みがまだ不十分だという声はあるでしょう──それらの国々の中で保護を訴える市民と同じように。しかし、それは決して日本が何もしなくていいことを意味しません。自らもまた乱獲と密猟の大きな責任を負う日本は、他国のことをとやかく言える立場ではないのです。
乱獲も密漁もなかった!? 捕鯨ニッポンのぶっとんだ歴史修正主義
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