持続的利用原理主義すらデタラメだった!
日本は本当に持続的な漁業国?
調査捕鯨を推進する捕鯨サークル(水産庁/日本鯨類研究所/株式会社共同船舶・日本捕鯨協会)の主張には、至る所に「持続的利用」という言葉が散りばめられています。最も多用してきたのは、初代ならびに2代目の〝Mr.捕鯨問題〟として知られる元水産官僚のお2人、小松正之氏(東京財団上席研究員)と森下丈二氏(IWC日本政府代表)でしょう。
はたして、日本が標榜するこの〝持続的利用〟の考え方は、本当に日本の漁業、あるいは野生動物利用の実態に見合ったものなのでしょうか? 以下に検証してみることにしましょう。
Aは、〝持続的利用の原則〟を「非持続的な利用を行わない」という正しい主旨で運用する国。模範的な水産資源管理先進国の姿といえるでしょう。
それに対してBは、「非持続的な利用はしない一方、利用されていないものもなくす。あくまですべての水産資源(/野生生物資源)を(持続的に)利用する」というもの。原理原則を貫く姿勢は立派かもしれませんが、どうもおかしな印象を受けます。現実問題として、利用可能なすべての水産資源/生物資源を利用しきるのは不可能ですし、採算性も市場のキャパシティも度外視して原則どおりに実行しようものなら、今以上に膨大な食糧廃棄が生じるでしょう。それは資源の浪費であり、命の浪費にほかなりません。「持続的利用」を最優先の原則に掲げることがいかに不合理かわかります。
一方、Cは利用の仕方が持続的か否かを問わない、ただの水産資源/野生動物〝利用原理主義〟。言い換えれば、「持続的利用」の看板を掲げる資格のない国です。
さて、問題の日本は、このA.B.C.のいずれかに当てはまるのでしょうか?
漁業問題について多少の知識を持ち合わせている方であれば、日本の現状がAの理想的な漁業先進国と呼ぶには程遠いことに、だれもが同意されることでしょう。幸いなことに、Bのような恐ろしい原理主義が支配する国でもなさそうです。3つのいずれにも該当しないといえ、一番近いのはCといえそうです。非常に残念なことですが──。
水産庁の水産資源管理対象種52種84系群のうち半数は資源状態が低位にあり、この状況は近年ずっと変わっていません。日本近海の商業漁業対象魚種の半分は資源が枯渇している状態にあるのです。そして、日本以外の捕鯨国であるノルウェーやアイスランドにしろ、反捕鯨国である米国・オーストラリア・ニュージーランドにしろ、水産資源管理の面で日本より先行しているのは明らかです。FAOの漁業白書で、将来の水産資源動向の予測において10%を超える大幅な減少を示しているのは、世界の中で日本だけです。実際には〝落第生〟であるにもかかわらず、国際会議の場であたかも自らが持続的利用の〝優等生〟であるかのごとく振る舞うのは、あまりに恥ずかしいの一語に尽きます。
では、未利用から利用への転換についてはどうでしょうか? エビトロールを筆頭に、網にかかりながら利用されずに遺棄される混獲は、海鳥やウミガメ、クジラへの被害のみならず、資源の無駄の観点からもずっと問題視されてきました。日本でも未利用魚種(食べられるのに捨てられている魚)を活用する啓蒙活動が一部で展開されていますが、流通・小売業界や大多数の消費者の意識を改革するところまでは至っていません。日本の全漁獲量のうち8割がたった18種の魚種によって占められています。日本近海に生息する魚は判明しているだけでおよそ4,000種近くとみられますが、そのうち利用されているのは1割未満にすぎません。さらに、そのうち管理対象となっているのは一部で、資源状態について情報がほとんどない種が多数含まれています。あらゆる種を満遍なく持続的に利用しているというには程遠いのが実情なのです。
-THE STATE OF WORLD FISHRIES AND AQUACULTURE 2016|FAO
クジラだけが持続的に利用されていない?
日本が水産資源の「持続的利用」国失格であることはもはや隠しようのない事実ですが、そうはいっても、クジラを利用することに一抹の合理性があるか否かは、まだ議論の余地が残っているでしょう。
ある資源の利用が非持続的である場合、それを推し量るのは比較的簡単ですが、逆に、どのくらい持続的に利用する余地が残っているかを知るのは難しそうです。しかし、ほかでもない捕鯨サークルが目安となる指標を提供してくれました。それは生態系モデル。
調査捕鯨を正当化すべく打ち出された生態系モデルには、以下の3つの動機があります。
- 日本の漁獲高の急激な低下に対処する必要がある。そのために捕鯨による生態系管理が可能かどうか検証する。
- 海棲哺乳類と漁業の競合を調べる。
- 生態系アプローチによる漁業(EAF)の国際的認知。
残念ながら、これは前提がそもそも間違っているといわざるをえません。漁業資源枯渇の主因は乱獲であり、汚染や開発による藻場・サンゴ礁などの環境破壊、魚種交代や気候変動の要素が加わっているのです。「日本の漁獲高の急激な低下」に対処するためには、まず何よりも先に乱獲を食い止めなければなりません。漁業との競合・クジラ食害論も、非科学的として内外からさまざまな批判を浴びています。
生態系アプローチに関しては、水産業の研究者の間でも疑問視する声が上がっています。以下は東京海洋大学・勝川俊雄准教授の指摘。
「パラメータの設定によって結果が大きく変わるから、生態系モデルは信用ならない。だから、単一種で頑健なRMPをつかいましょう」と言えるように準備しておくべきなのだ。(引用)
このほか、ヒゲクジラと魚両方の重要な捕食者であるシャチが含まれていなかったり、ミンククジラの主要な餌生物でもあるイカナゴのように、成魚が未成魚を食べるタイプについて考慮されていないなど、実地に応用するには克服すべき課題が多すぎる点は否めません。また、多種モデルである以上、特定のクジラについてのみ精度を上げても無意味であり、生態系モデルの構築に調査捕鯨が必要不可欠とはいえません。
-鯨害獣論について考えた|勝川俊雄公式サイト
-海洋生態系モデルの分類と解説|遠洋水研外洋生態系研究室
-沿岸捕鯨が日本の漁業に役に立つ!? んなアホな!!|拙ブログ
ただ、このアプローチは、海洋生態系の構成種を網羅的に把握していないとはいえ、個々の種/生物群の持続的利用度を測る有用な指標をもたらしてくれました。日本がIWCに提出した生態系アプローチに関する論文をもとに、筆者がまとめたのが以下の一覧表。
-「海産哺乳類を中心とした生態系モデリングの為の数理統計学的研究」(水研センター研報no.10)
-"Development of an ecosystem model of the western North Pacific" 西部北太平洋の生態系モデル開発 (IWC-SC/J09/JR21)|鯨研
表1の左側は一次ソースからの引用、右半分は筆者がそれをもとに算出した値です。Pは再生産量。この数字が高いものほど、資源に与える影響を抑えながら漁獲できる生産量が高いことを意味します。Qは摂餌量。〝食害量〟に直結する数字といえます(食害論が正しいという前提ですが)。厳密にはもちろん、餌生物構成をもとに捕食対象のうち漁獲対象種が占める割合がどのくらいかで判断するべきことです。胃内容物調査は、PとQをもとに対象種を選ぶのがスジというものでしょう。C/P、C/Qは再生産量と摂餌量(食害)に対する〝開発度〟を表します。数字が低いものほど、再生産量、あるいは食害の影響が大きい割に、十分に利用されていないということを意味しています。国民の税金をもとにした研究費、補助金は、合理的・効率的に運用されなければなりません。ポテンシャルがあるにも関わらず、開発が遅れている分野に対してこそ投じられるべきでしょう。
Q/B、P、Q、C/P、C/Qそれぞれの項目の右側の数字は「ランキング」。 デトリタスを除く33種について、海洋生物資源の持続的利用を考える際に考慮すべき項目について順位付けしてみたものです。この表だけではわかりにくいでしょうから、別表にまとめたのがこちら。
赤で塗られた部分がJARPNⅡの捕獲対象3種(ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラ)より上位にランクインした種。水産庁/鯨研が注目したクジラ3種は、すべての項目で18位より下位。生態系構成種すべてを対象にした場合、大型鯨類の順位はさらに大きく下降するでしょう。
表1について一点付け加えると、C/PがEEと同等だったり上回っているものは、漁獲によってニンゲン以外の捕食者の取り分をすべて奪ってしまっていることを意味します。種間関係に配慮する生態系管理型漁業としては、絶対あってはならないことです。要するに、商業捕鯨は生態系管理型漁業でも何でもないわけです。
確かに、植物プランクトンやコペポーダなどの小型プランクトン、底生動物の一部については直産業利用とはなかなかいかないでしょう。ただし、研究の余地は十分あります。それに、これまで、そしてこれからも調査捕鯨に投じられかねない補助金と研究費をすべて振り向ければ、日本と世界の食糧問題の解決に寄与することは間違いありません。特定地域限定のブンカ、高級嗜好品でしかない南極産〝旨い刺身〟に比べればはるかに。とくに、商業ベースでも漁業として成り立ち得る可能性のある対象種が、この中にあります。表1の17のハダカイワシと21の深海イカ。
世界中の中深海層で海底とみまがうほどウヨウヨしているハダカイワシも、クジラが食べている〝何億トン〟の相当部分を占めているはずの深海イカも、再生産量で比較すれば3桁も4桁もクジラより大きいにもかかわらず、漁獲量はゼロ。ついでに食害も半端じゃありません。ハダカイワシはサンマと餌がかぶる競合種、バイオマスを考えれば、影響はミンククジラの比ではありません。漁師にとっては、ミンククジラの食害などカワイイもの、目の敵にする理由は何もないでしょう。捕鯨問題ではひた隠しにされる競合の問題は以前から知られており、漁獲対象以外の種としては比較的研究が進んでいるようですが、資源量や競合の可能性も含め、クジラ以上の成果が挙がっているとはいえません。
-ハダカイワシ類の生物量と摂餌量の定量・ハダカイワシはサンマの敵?
-春季の黒潮・親潮移行域および黒潮続流域における小型浮魚類と中層性魚類の生態的な相互作用(中央水研ニュース)
で、どちらも決して食えないわけじゃないのです。高知や三重では、底引き網に入ったものが干物として利用されることがあるようです。言い換えれば、他の地域では網にかかってもポイされてるわけです。消化できないワックス類を含むとのことですが、多食しなければ問題なし。下痢くらいで、水銀みたく神経性の慢性中毒にはなりませんから。水産庁が一部地域の文化であることを認めている鯨肉食と同じなのですから、研究費・ハダカイワシ食の普及啓発用宣伝費・その他の補助金は少なくとも同等以上に投入されるべきでしょう。「余すところなく利用する」という文化を守る意味でも、こっちの方がはるかに大事です。
深海イカの方は、体内の塩化アンモニウムがネックですが、魚食文化が世界への売りになってる捕鯨ニッポンですから、美味しく食べるための工夫はできるでしょう。同様にアンモニア臭が気になるサメ・エイ類も、加工によって食用にしている地域があるのですから。海外でも、南米諸国で輸出のための食用研究がなされているとのこと。こりゃ、自称漁業国のリーダーとして負けちゃいられませんよね。
大量に資源があるのに、持続的に利用されず、ごく一部の地域でしか利用されていないのは、持続的利用原理主義の観点からはきわめて不合理で大きな問題といえます。日本ハダカイワシ類研究所・日本深海イカ類研究所を設立し、調査捕鯨向けの年間50億の補助金は全部そっちに回して、食べやすさを追及する研究を行ったり、学校給食への導入や啓蒙・普及活動を直ちに始めるべきでしょう。「ハダカイワシのポワレカキのフライ添えカフェドパリバターソース」だって、「ダイオウホオズキイカとモッツァレラチーズのコルドンブルーカボチャのプリン添え」だって、きっといくらでも創作できますよ。
小松氏が主張するように、南極のクジラにこだわる限り、少なくとも百億円以上のバカげた設備投資を要する新造母船、莫大な電力と冷媒による環境負荷を新たに生み出す超低温冷凍庫を導入し、なおかつ小売・外食店で新開発の解凍技術まで導入しなければ、マズくてさっぱり売れない鯨肉の品質は改善しません。それに比べ、近海で獲れるハダカイワシや深海イカなら、環境にやさしい伝統的な加工法・調理法で食用に供することが十分可能になるはずです。
-ハダカイワシ|ウィキペディア
-ダイオウイカ|ウィキペディア
ハダカイワシは深海魚だけに重金属の濃度は表層性魚類に比べ高くなっていますが、食物連鎖の下位ですから、スジイルカ(太地)で200、アカボウクジラで440、マイルカで600、さらに和歌山県で販売されていた肝臓食品中の2,000(単位はいずれもμg/mg)といったきわめて高濃度の汚染物質の蓄積が確認されているハクジラ類とは、食品としての相対的な安全性がはるかに高いことは言うまでもありません。DDTやPCB等の脂溶性の有機塩素化合物なら、脂皮中にどっかり溜め込む鯨類よりさらに安全。海水から生体への濃縮係数は、PCBの場合ハダカイワシで31万倍、イカで16万倍なのに対し、スジイルカは3,700万倍と100倍もの差があります(いずれも北西太平洋、Tanabe,1984
他)。
何にせよ、国民の健康に細心の注意を払う他の国と違い、日本じゃキンメダイもイルカもクロマグロもOK。FAOとWHOの勧告があろうと、妊婦への注意喚起のみで済ませてしまえるのが捕鯨ニッポン。そっちが食べられるヒトならノープロブレム。有害物質汚染はイタチごっこで、規制されても次々に新たな化学物質汚染が発覚しているのが実情です。近年も有明海産のスナメリから高濃度のHHCB(人工香料)が検出されています。ですが、食物連鎖の低位であれば確実に低リスクで、食品の安全性の観点から見た優位性は揺るぎません。
-市販鯨肉の水銀汚染と安全性|KAKEN
-「海洋汚染と鯨類」(中田晴彦,『鯨類学』)他
アザラシもペンギンも持続的に利用すべき?
他の出典一覧(リンク付):
-Population Estimates| IWC
-イワシクジラ|ウィキペディア
-日本が調査で捕獲しているクジラ類の資源量|日本捕鯨協会HP
-南極のあざらしの保存に関する条約|外務省
-南極豆辞典・アザラシ|国立極地研
-マジェランアイナメ|国際漁業資源の現況・水研機構
-ナンキョクオキアミ|〃
-Biology and Ecology of Antarctic Krill
続いて、表3は同じく持続的利用度ランキング南極海版。ベースは1990年発行の『海の哺乳類』の河村氏の論説ですが、個体数は直近のものを採用。ナガスクジラ、イワシクジラ、マッコウクジラについては、現在IWCで合意されている数字はありません。ペンギンの数字は本来海鳥に含まれるものですが、ソースが違うので別個に分けて考えてください。捕獲許可量は、クジラについてはRMPの仮試算の数字、鰭脚類はアザラシ条約の許容量、マジェランアイナメとナンキョクオキアミはCCAMLRの制限量(海区合計)。オキアミのバイオマスやイカの被食量は大ざっぱな推測ですし、CCAMLRで管理されているはずのマジェランアイナメやライギョダマシも含め、他の生物群の資源量に関しては有用な情報がありません。
黄色で着色した部分が、それぞれの項目でJARPAⅡ対象種のナガスクジラを上回るもの。
なお、南極海でのオキアミ捕食者の消費量については、CCAMLR(南極の海洋生物資源の保存に関する委員会)で研究結果が公表されています。以下はそこからの抜粋。表を見れば一目瞭然、クジラは捕食量でも、バイオマスでも、単位重量当りの捕食量でも、他の競合種以下なのです。
「その数は少なく見積もっても、ほかの鰭脚類全種を合計した頭数に匹敵するほどです。カニクイアザラシの主食はナンキョクオキアミです。カニクイアザラシが1年間に食べるナンキョクオキアミの量はおよそ1億6000万トンで、現在ではナンキョクオキアミの最大の消費者です」(~極地研)
知っている人は知っている、ミンククジラが「海のゴキブリ」ならカニクイアザラシは「海のノミ」。資源量・再生産量・オキアミ漁との競合・大型鯨類の回復のための間引き管理、どの観点からいってもクロミンクより先に議論されるべき〝資源〟。クロミンクの生息数とPBを過大に、カニクイアザラシのそれらを逆に過少に見積もってさえ、なお再生産量に余裕があります。
ヒゲペンギンやマカロニペンギンの摂餌量はナガスクジラのそれを上回ります。1羽当りの体重はブロイラーの2倍、キングペンギンなら8倍。胸肉、手羽肉も発達していて、鶏好きの方にはイケるんでしょうし・・。40年前まで見向きもされなかったクロミンククジラと同じく、日本古来の焼き鳥ブンカだと言い切ってしまえば、世界は手も足も出せなくなるハズです。クジラやオットセイ同様、実際に利用されていた歴史もあるのですから。
ヒゲペンギンは、IUCNのレッドリストでは絶滅の危険の低い低懸念種。少なくとも、捕鯨サークル関係者が主張するのと同等の意味では、「すべてのペンギンの捕獲を禁止するカガク的ゴウリ的理由」はありません。マカロニペンギンは1,800万羽いてさえ危急種ですが、その理由は漁業との競合ですから、まさにザトウクジラやミンククジラと同様の境遇なのです。
ペンギン以外の海鳥全体を見ても、大変な生産量ですね。PB=0.1という控えめな数値でも、クロミンクを超える数値。焼き鳥ブンカOK。
続いて哺乳類と鳥類以外。CCAMLR(南極の海洋生物資源の保存に関する委員会)で管理されている漁業とオキアミ漁で、最近話題になっているのがメロ、ギンムツの名も持つマジェランアイナメ。『銀むつクライシス―「カネを生む魚」の乱獲と壊れゆく海』(G.ブルース・ネクト著、早川)に詳しいですが、IUU漁業でボロボロの状態。日本は米国と並ぶ主要消費国で、銀ダラの代用にされています。まさに悪しき魚食ブンカの代表。ただし、危機が叫ばれCCAMLRの厳しい規制が導入されても、漁獲枠一杯まで消化されているわけではないのです。捕鯨でいえばRMSに相当する厳格な監視体制と、密輸・密漁の取り締まり(ギンムツ漁対策で苦労しているのは専らオーストラリアとニュージーランド)も含めた総合的管理ができなければ、野生生物資源の持続的利用は成立しないことを証明する見本といえます。逆に言えば、クジラと同列に扱うならギンムツも「もっとどんどん獲っていい」ことになりかねませんが・・。
オキアミも同様で、数字だけでは乱獲の実態は見えてきません。水産庁/水研センターのサイトでさえ、「近年の環境変動をも考慮する必要がある」と述べているほどですが、商業捕鯨管理に環境変動は一切組み込まれていません。
イカ類は南極海に膨大な数が存在するといわれていますが、未利用の初期資源状態。魚類についてはCCAMLRでマジェランアイナメのほかライギョダマシやコオリウオなどオキアミを除いて12の漁業が規制されていますが、漁獲対象種も含め資源状態はよくわかっていません。「たくさんいるんだから、不確実だからといって獲らないのはオカシイ!」という反反捕鯨論者の声が聞こえてきそうですね。
なお、南極条約により、大陸上の鳥類・哺乳類の捕獲は原則として禁止されています。鰭脚類についてはアザラシ条約で捕獲許容量が設定されているものの、「水中にいるアザラシの猟殺」が禁止されています。2つの条約をセットにすれば、獲るのは不可能ということになります。ただし、調査捕鯨と同様の致死的調査は認められています。
捕鯨ニッポンの持続的利用原理主義の立場から見れば、カニクイアザラシやヒゲペンギンの捕獲が禁止されるのはオカシイ、マチガッタことになります。ただちに年間数千、数万頭レベル(統計的水準を合わせれば)大量経年致死的調査・調査捕アザラシ、調査捕ペンギン事業に着手しないのは、まったくもって非科学的で非合理的なことなのです。
実は、再生産率でミンククジラの倍はあり、食害も半端じゃないはずのキタオットセイは、科学的知見に関わりなく捕獲が禁止されています。それも日本の法律で(明治45年制定、今もイキ)。モラトリアムは「当分の間」という実にいい加減なもの。これも調査捕オットセイは除きますが。環境省を力づくで押さえた水産庁の号令でガンガン駆除しているトドは、むしろ絶滅危険度でいえばオットセイより高いほどですから、やはりオットセイを捕殺しない科学的理由はないといえるでしょう。
-「臘虎膃肭獣猟獲取締法」って何と読む?|生きもの通信
クジラだけは〝殺サナケレバナラナイ〟? 矛盾だらけの捕鯨ニッポン
同様に、科学的根拠と無関係にある種を殺すことを許可したり禁じたりする国内法はまだまだあります。「鳥獣保護法」「動物愛護法」「文化財保護法」。「科学的データをもとに議論するという原則」(引用)に従っていないのです。「ものごとが恣意的に決まってしまって」(引用)いるのです。オットセイも、ペンギンも、アザラシも、イカも、ハダカイワシも、奈良公園のシカも、箕面山のサルも、「捕獲数を減らす根拠がない」(引用)のです。「持続的な利用が可能な資源なら禁止するほうがおかしい」(引用)のです、明らかに。小松氏をはじめとする捕鯨推進論者にいわせれば。
-「異議あり・政策研究大学院大学教授小松正之氏」(2010/4/17,朝日)
いや、おかしいのは禁止することではありませんね。効率的・効果的な持続的利用とは、研究・開発が進んでおらず、より豊富で、より再生産率が高く、食害抑制の効果も見込めそうな、それでいて地産地消という大切な文化にも反することなく、環境負荷も低く、深刻な外交対立を招くこともなく、そのために余計な公金を支出させられることもない、沿岸の漁業資源を利用することのはずです。それをすることなく、正反対に最も持続的利用が困難な対象に対してばかり多額の税金を投入し続けること自体、あまりにもおかしいのです。採算性は考慮すべきでしょうが、商業捕鯨に国費が投じられるのは、「経済的なプライオリティがある」という理由でさえありません。産業継続の前提として多額の補助金を要する致死的調査の継続を必要とし、国民に負担を押し着せるような国策事業である時点で健全な産業とは到底呼べません。第一、参入企業がないのですから。
フィーバーしたタマちゃんの親戚・カニクイアザラシも、鯨肉販売で知られる長崎ペンギン水族館のアイドル・キングペンギンも、殺すことを禁止してはならない? ハダカイワシ、銀ピカでオメメパッチリでカワイイですね。だから利用しない? イカも頭いいんですよね。自意識があるんじゃないかとの研究も(共食いし放題だけど)。利口だから大量経年致死的研究をしない?
ずいぶん昔の話ですが、氷に閉じ込められたアラスカのコククジラの救出騒動が取り上げられた報道番組で、捕鯨推進プロパガンダの立役者である梅崎義人氏らが出演者とともに「クジラは汚い」と笑い合っていましたっけ。醜い、バカなクジラは、いくら不合理だろうと多額の税金をかけて、はるか南極まで押しかけて殺し続けナクテハナラナイ? アキバ系アイドルじゃないけどカワイイが売りの日本人・優れた電器製品や車を世界に送り出したメガネが似合う頭の良さが売りの(今は学力テストの平均も他の新興国に抜かれたけど・・)日本人のイメージに通じるハダカイワシやペンギンやアザラシは「殺さない」が、図体のバカデカイぬぼっとしたアングロサクソンみたいなクジラは「ともかく殺せ」というのは、人種差別ではないのですか??
人種差別とは、「殺すことを禁止すること」「『殺すな』と言うこと」なのですか? 否、人種差別とは「差別をすること」です。アイヌや在日外国人、沖縄県民、LGBT、障害者・・憲法で禁止されているにも関わらず、今なお影で陰湿な差別が残り続けるのが日本なのです。森下氏は海外メディアのインタビューで、アイヌのサケ漁を禁じる二重基準は「別にあっていい」と平然と答えました。いったい、「クジラを殺すこと」が、なぜ平等な社会を築くための最優先事項になりえるのでしょうか?
日本はクジラに限らず、様々な動物の種と個体(ヒト含む)を差別しまくっているわけです、現に。クジラも、ウシも、カンガルーも、ハダカイワシも、ペンギンも、アザラシも、ヒト(サル目ヒト科の社会性哺乳類)ではありません。(ニンゲン以外の)動物の取扱を、ニンゲン社会におけるニンゲン同士の平等の問題に結び付けるのは、あまりにもくだらないことです。そのような主張は、合理性を欠いた支離滅裂な感情論でしかありません。
ボン条約を無視してオーストラリアの二百海里内を回遊する移動性野生動物まで独占しようとする日本の身勝手な主張は、煙草ブンカが優勢を保ってきたこの国でさえ規制が進んでいる公共の場で、「吸わないのはおまえの自由、吸うのは俺の自由だ」と、子供の目の前で紫煙を吐くのに等しい傲慢な行為でしかありません。
梅崎氏が種を撒き、欧米に対するルサンチマン・コンプレックスを燻らせ続ける人たちがせっせと肥やしを施したおかげで、あまりにも大きく育ちすぎてしまった反反捕鯨ナショナリズムは、都合の悪い乱獲と密漁の史実を否定する捕鯨ニッポン性善説とセットになって、日本社会に深刻な病理現象を引き起こしてしまったといえるでしょう。困ったことに、欧米社会は人種差別の過去に対する反省の程度が日本より高いが故に、被害感情を伴う日本側の強弁に対して戸惑いがちです。業界主導の反反捕鯨プロパガンダは、その弱点を狡猾に突いた、まさにカルト的煽動が大成功を収めた歴史的事例として、後世に語り継がれることでしょう。
小松氏や森下氏ら捕鯨推進論者の〝二重基準〟を是正するために、深海魚や深海イカをどんどん利用し、ペンギンやアザラシやオットセイやシカやサルやイヌやネコをガンガン殺すことが正しいとは、筆者は思いません。
クジラと同じく科学的な不確実性が高いとはいえ、オキアミやマジェランアイナメを始めとする南極海生態系の海洋資源は乱獲と違法漁業により危機的な状態にあり、日本の大手捕鯨業者マルハ・日水・極洋が筆頭となって繰り広げたかつての悲劇が再び繰り返されようとしています。個体数が多いはずのカニクイアザラシやアデリーペンギンなども一部で個体数減少が見られ、クジラとまったく同じように、オキアミ漁や地球温暖化の深刻な影響が懸念されます。日本近海でも、イカやオキアミ、ハダカイワシなどの深海魚を大々的に開発することになれば、ハクジラ、ヒゲクジラ、鰭脚類、海鳥類、多くの魚類を始め生態系に大きな影響を及ぼすことになるでしょう。FAOの勧告にもかかわらず、国内でも化粧品や健康食品用に高値で取引されるようになった深海ザメを中心とした深海漁業が脚光を浴びていますが、漁業管理も資源状態の把握も遅々として進んでいない中、非持続的利用に拍車がかかっている状態です。深海ザメやイカをニンゲンが大量に利用するようになれば、マッコウクジラやアカボウクジラの仲間が影響を受けることは避けられません。
空白の情報が多い種に対する開発は慎重の上にも慎重を期するのが、本来あるべき持続的利用の考え方です。さればこそ、深海魚やイカ、底生動物、そして特に各種の漁業で混獲されながらクジラと違ってほとんど利用されずに洋上投棄されてきた〝食べられる魚〟については、研究だけはどんどん進めるべきです。既に枯れた必要のないオマケの研究と広報活動ばっかりやっている鯨研に投入されている予算・リソースは、すべてそちらに振り向けるのが合理的な選択でしょう。
捕鯨ニッポンは、乱獲と規制違反の重い過去をしっかりと記憶に刻みそこから学ぶことをせず、沿岸の漁業資源を乱獲によってズタボロにしてしまっている時点で、持続的利用の原則を最も疎かにしてきた国──やることなすこと持続的利用のために必要なことと正反対で、アフリカや中南米、大洋州の発展途上国からすれば〝反面教師〟でしかありません。IWC票買収相手を含む第三世界で、未だに500万人ののぼる児童が栄養失調で命を奪われる中、クロマグロからギンムツまで、世界中の海の生物資源を胃袋に収めようとし、年間1,700万トン以上、世界の食糧援助の総量の3倍に上る途方もない命を無駄に捨てている人口1人当りでトップクラスの食糧廃棄国家に、持続的利用を推進する旗振り役を名乗る資格などあるはずがないでしょう。南極のクジラにまで手を出そうとする前に、襟を正すべきです。
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