クジラたちを脅かす海の環境破壊
数字のみを見て、「クジラが絶滅する心配はない」と決めつけるのは早計です。クジラたちを脅かしているのは、何も捕鯨ばかりではありません。それらの要因はいずれも、私たち人間の活動と深く関わっています。そうした環境破壊の問題を抜きにして、捕鯨の是非/クジラの保護を語ることはできません。なぜなら、商業捕鯨はさまざまな脅威にさらされているクジラたちを一層追い詰めるものだからです。
大がかりな狩猟や漁業による乱獲は、単独でも多くの野生動物の絶滅をもたらす大きな要因になります。さらに、森林伐採による生息地の破壊のような、直接の捕獲以外の要因がそこへ付け加わったときの影響は計り知れません。そのような場合には、たとえ数が豊富だったり、繁殖力が旺盛な種であっても、絶滅に追いやられることは十分ありえるのです。
実際、多くの野生動物の絶滅は、乱獲に加え、生息環境の悪化や汚染、外来種の侵入などの要因が重なることによって引き起こされてきました。リョコウバトやドードー、日本のオオカミやカワウソ、トキ、コウノドリなどは、その典型的なケースです。
有害物質汚染による致死的・非致死的影響、分布域の縮小・分断、生息環境の質の変化は、単純に対象種の死亡率の増加や繁殖率の低下を招くだけではありません。生態系の中の競合者や捕食・被食者との関係の変化、種内の群れの構成や雌雄の交渉・子育てのスタイルなど社会性の変化、種内の遺伝的多様性の減少をもたらし、死亡率増加と繁殖率低下にますます拍車がかかる悪循環に陥る可能性があります。個々の影響がいかに小さく見えても、それらが相乗的に働くとき、種にとってはまさに命取りになりえるのです。
付け加えれば、クジラの仲間のように食物連鎖のピラミッドの頂点に近い種──個体数が少なく、繁殖率が低く、大型で長寿命の動物ほど、他の種に比べ人間による捕獲の圧力に対して弱いだけでなく、汚染や生息地破壊に対しても影響に受けやすい傾向があります。
野生動物の絶滅を防ぐためには、いくつもの要因が重なって起こる複合的な影響を考慮しなくてはならないのです。
今の日本は、クジラたちを取り巻く海の自然の変化に目を向けず、商業捕獲による直接的なダメージまで与えて、絶滅のリスクをさらに高めようとしています。そこには、野生動物の保護・生態系/種の多様性保全の意義に対する根本的な認識の欠如がみられます。いま必要なのは、ゴミや化学物質を海に流したり、干潟やサンゴの海を埋め立てたり、魚を獲りすぎたりすることをやめ、クジラや他の生きものたちの暮らしやすい健全な海の姿を取り戻すこと。そして、最低限それまでは、商業捕鯨のモラトリアムを継続するべきでしょう。
もし、商業捕鯨の継続を唱えるのであれば、日本は欧米とは比較にならないほど進んだ開発規制や汚染防止への取り組みを世界に示す責務があるはずです。しかし、残念ながら、地球温暖化対策、有害廃棄物の海洋投棄、化学物質規制、石油流出対策、どれをとっても後ろ向きで、陸上の野生動物やクジラの保護と同様、欧米諸国に対して胸を張れるとは到底言いがたいのが実情です。
以下、クジラたちを脅かすさまざまな海の環境破壊について、ざっと解説していきましょう。
1.地球温暖化
地球温暖化(気候変動)が海洋や極圏の生きものたちに与える影響は非常に深刻です。海洋の生産を支えるプランクトンは、海水温の変化に敏感です。また、極に近い地方ほど、気温・水温がより急速に上がり、上昇の幅も激しくなります。そして、種の多様性の観点から被害が最も懸念されるのが、固有性の高い地域。南極海はまさにその3つが重なり合う場所なのです。
地球温暖化が進んだ場合、真っ先に絶滅しそうな野生動物の候補として、よく例に挙げられるのがホッキョクグマ、そしてハクジラの一種であるイッカクとベルーガ(シロイルカ)です。しかし、日本が毎年大量に捕殺しているクロミンククジラも、気候変動の影響を特に受けやすい種として認識されているのです。
南極で氷床の流出を止める栓の役割を果たす大陸周辺の棚氷の面積が縮小すると、氷床が一気に崩壊していく恐れがあります。そうなれば、周辺海域の塩分濃度や水温が大きく変化し、南極海の生態系を支える植物プランクトンの増殖やアイスアルジー(冬季に浮氷下に発達する藻類のコロニー)の形成が阻害されてしまいます。その影響はオキアミに及び、クジラをはじめオキアミに依存する多くの野生動物に波及するのは必至です。
南極海には各種のヒゲクジラが回遊していますが、それぞれの種の間には棲み分けがあり、クロミンククジラは最も氷縁に近い場所を餌場として利用しています。気候モデルシミュレーションによれば、2042年までの間に地球の平均気温が2℃上昇した場合、南極海の中で海氷に覆われた部分の面積が10-15%も縮小すると予測されます。これは海氷に大きく依存するクロミンククジラが生息域の5ー30%を失うことを意味します。
もう一つのクジラに関係する温暖化の影響は、低緯度の沿岸に棲むイルカやクジラたちに関わるものです。気候変動によって海水温や潮流が変化すると、鯨類の回遊や分布パターンにも影響が及ぶでしょう。特定の海域に定住するタイプはもちろんのこと、広域を回遊する種でも繁殖海域は狭い範囲に限られているものが多いため、生息域の喪失に相当するダメージにつながる可能性があります。また、海水温の上昇は、富栄養化による赤潮の頻発を招いたり、ウイルス・細菌の増殖による感染のリスクを増大させます。回遊する鯨類も、低緯度の浅瀬を繁殖場として利用する種が多いため、そうした海域の環境悪化は免疫力の弱い未成熟個体の生残率の低下に直結するでしょう。(富栄養化の項を参照)
また、海水中の二酸化炭素濃度の上昇は、海水の酸性化を引き起こし、サンゴの骨格、貝類の殻、甲殻類の外骨格など、カルシウムを主成分とする多くの海洋生物の硬組織の形成が阻害されます。酸性化が進行すれば、鯨類の主要な餌となるオキアミ類への直接の打撃のみならず、海の食物連鎖全体に深刻な影響が及ぶでしょう。さらに、酸性化によって海洋の音響特性が変化し、音声を通じて遠隔のコミュニケーションを図っている鯨類の社会行動に影響を与える可能性も指摘されています。
そして、地球温暖化の行き着く先には、地球全体の大洋を取り巻いている深層の大循環に異変が生じ、最悪の場合循環が止まって海が成層化してしまう破局的な事態も予想されます。深海からの湧昇流に栄養塩類の供給を依存している南極海の生態系は、その影響を真っ先に被ることになります。鉛直方向の循環がなくなると、海水表面の温度が加速度的に上昇していき、成層化に拍車がかかります。そして、藍藻類の爆発的な増殖により、急激に海中の溶存酸素が消費し尽くされ、ほとんどの海洋生物が死滅することに──。温暖化を引き起こすもととなる化石燃料の石油は、かつて地質時代の一時期にそうした海洋無酸素事変が起こった結果、大量の藻類の屍骸が沈降・堆積したことにより生成されたとの説が有力です。そのような環境では、クジラや海鳥はおろか、魚ですら生き残ることは不可能になるでしょう。
※参考リンク:
Impact of climate change on whales|WWF
「地球温暖化とクジラ類との関係についての総説を読む」(英語・ドイツ語翻訳者に転職したドイツ語好きの化学者のメモ)
地球温暖化とクジラ
2.オゾン層破壊
人体に無害で有用な物質として、多岐にわたる用途で使用されてきたフロン(CFC)。難分解性のこの物質が成層圏に達し、紫外線から生物圏を保護する重要な役割を担っていたオゾン層を破壊することまで、当時の科学者は予見できませんでした。化学物質の自然界での挙動について知るには、私たちニンゲンの科学はあまりにも未熟に過ぎたのです。
南極上空に出現しているオゾンホールから降り注ぐ有害な紫外線は、ホールが出現する以前に比べて1兆倍になったともいわれます。南極の生態系を支える海洋表層の植物プランクトンやオキアミなどの甲殻類の幼生は、紫外線に対して非常に弱い生きものです。すでに、紫外線が原因で南極海の植物プランクトンが減少しているとの報告もあります。その影響は、クジラを含む南極の生態系全体に及ぶに違いありません。
鯨類自身の皮膚も、陸上の哺乳類に比べ、紫外線には特に弱いことが知られています。といって、潮吹きの際に日傘を差すことも、日焼け止めクリームを塗るわけにもいきませんし・・。呼吸や捕食のために海面直下に滞留する時間の長い種では、皮膚ガンが発生したり、皮膚の炎症による感染症や免疫系の異常が増えることもないとは限りません。
フロンに代表されるオゾン層破壊物質の生産・使用は、国際条約により厳しく規制されるようになりました。しかし、すでに大気中に放出された分が分解されるまでには、何十年もの歳月がかかります。地球環境問題においては、手遅れになる前に対策をとることがいかに大事かを教える事例といえましょう。
3.化学物質汚染
○人類が招いた化学物質汚染
ニンゲンの手によって作り出された化学物質は、商品化されたものだけでも合計10万種類に上り、そのリストには毎年千~2千種類が新たに付け加えられています。中には、もともと天然に存在する量に匹敵するほど大量に生産されるものもあれば、自然界にまったく存在しない人工の合成物質もあります。多くのものは20世紀の前半までは地表にほとんど存在しておらず、ここ半世紀足らずの間に汚染という形で急速に広まりました。有機化合物の世界全体の生産量は、1950年には700万トンだったものが、1985年には35倍の25,000万トンへと膨れ上がっています。そうして生産された化学物質の大部分は、最終的には環境中に放出されることになります。
○汚染物質の集積場としての海洋環境
クジラたちの生息環境である海は、工業/農業/都市生活排水の流れ込む場所であり、殺虫剤や除草剤、工場や輸送機関の排気に含まれる大気汚染物質も、すべて行き着く先は海です。散布された農薬は、空気中を微粒子として漂い、風に乗ってはるか南極にまで運ばれ、いずれアザラシやペンギン、クジラたちの体内に取り込まれることになります。その中には、先進国で使用・製造が禁止されていながら、マラリアなどの伝染病が猛威を振るう途上国で未だに使われ続けているDDT等の危険な殺虫剤も含まれています。土壌中の汚染物質もまた、地下水や河川などの水脈を通じて海へと到達します。これ以上処理できない固形の廃棄物は、直接ニンゲンの手で海際に埋め立てられたり、海中に投棄されます。海はまさしく〝汚染物質の最終処分場〟と化しているのです。
○複合汚染の恐怖
化学物質が生態系に及ぼす定性的な影響としては、多様性の損失とそれに伴う安定性の低下が挙げられます。とくに長寿命の大型動物が欠落していく一方、短寿命の小型動物は個体数が大きく変動し不安定になります。個々の動物に対しては、行動や形質の異常として現われ、死亡率の増加や繁殖率の減少へとつながります。
化学物質の多くは、単独で生物に対し有害な作用を及ぼすのみならず、複数の化学物質を合わせて摂取することにより、その毒性が数段強まる可能性があります。単独では無毒だったものも、その毒性を抑える役目を果たしていた酵素を別の物質が破壊するといった具合に、新たな毒性が出現するケースもあります。しかし、そうした化学物質同士の相乗効果については一部の例が知られているにすぎません。私たちの日常生活で氾濫する無数の化学物質が、組み合わされたときにどのような悪影響をもたらすかは、まったくの未知数といえます。海こそは、それらの化学物質が実際に混じり合う場所であるということを、肝に命じておく必要があるでしょう。
○拡散の原理の神話
人々は一般に、汚染物質が海のような環境中に放出されれば、「薄められて害がなくなるに違いない」と思い込みがちです。しかし、実際には逆に、生体内に取り込まれて集積する傾向があるのです。海中に溶け込んだ汚染物質は、プランクトンの表面などに吸着されやすくなります。海底に速やかに沈降した場合は、堆積物中に留まったうえ、荒天時の波浪や浚渫などの人間活動によって攪拌され、汚染状態が持続します。水俣病のように、ある種のバクテリアが無機水銀をより毒性の高いメチル水銀に変えてしまうといったことも起こります。自然の浄化作用をあてにするのは禁物なのです。
○汚染物質の種類
生物に害をなす人工的な化学物質には様々な種類がありますが、特に海の生物に影響をもたらすのは次の3つのタイプです。
■有機塩素化合物DDT、PCB、ダイオキシンなどがよく知られています。水には溶けず油に溶けるため、生物の脂肪組織に蓄積、環境中で長時間分解されずに残留する性質があります。強い神経毒性に加え、世代を越えて毒性を伝播する変異原性があることから、〝環境ホルモン〟としても知られるようになりました。カネミ油症でクローズアップされたPCBは、日本での使用・製造は禁止されていますが、保管体制の不備で未だに環境中に漏出し続けています。野生動物の汚染事例としては、海鳥や猛禽類、バルト海のアザラシなどで繁殖率を大きく減少させたことが報告されています。北大西洋産のナガスクジラ類各種で高濃度の蓄積が見られるほか、日本の調査捕鯨で捕獲された北太平洋産のミンククジラもPCBに汚染されていたことがわかっています(詳細はこちら)。
□有機リン化合物中国製冷凍食品の中毒問題で話題となっているメタミドホスやジクロルボスなどは、この有機リン系殺虫剤に該当します。日本でも戦後大量に使用され、中毒死事故や自殺も多発しました。もともとは大戦中の毒ガス兵器用に開発され、神経伝達系の酵素の働きを阻害する強い神経毒性を持っています。散布された後、やはり空気中や水系を通じて海へ到達します。有機塩素系に比べると環境中に残留する危険性は低いものの、あまりに毒性が強いため、体内に摂取した野生動物はすぐに死んでしまうことから表面化しにくいだけ──という可能性も指摘されています。
■重金属水銀、カドミウム、鉛、有機スズなど。元素によって生物に与える影響は異なりますが、有機性の錯化合物になると毒性が強化される傾向があります。生物にとって必須の元素も、大量に摂取すればやはり毒性を発揮します。有機スズTBTは、魚網や船底塗料として日本で大量に使用され、魚介類にメス化などの被害を与えた環境ホルモンです。座礁した歯クジラ類で、ときに内臓や筋肉中の高濃度の重金属汚染が見つかっています。カドミウムはクロミンククジラで生体濃度が臨界に達している可能性があります(詳細こちら)。
■芳香族炭化水素石油汚染の項を参照。
以下に、海洋汚染に対してとりわけ鯨類がいかに弱いかを列挙します。
※ 海洋汚染に対してとてもデリケートなクジラたちの特性の数々
- 食物連鎖の上位にあるので、汚染物質の生体濃縮が働く。歯クジラ類でとくに深刻。同じ理由で、餌生物の直接的被害の影響を最もシビアに受ける。
- 長寿命のため、汚染環境への被曝が長く、やはり汚染物質が蓄積しやすい。人為的な排出による汚染でなくとも、健康被害にまで至っている可能性も指摘されている(詳細はこちら)。
- 性成熟までの期間が長く、幼若個体の死亡率の増加がそのまま繁殖率の低下に直結する。
- 特に毒性の高い有機塩素系化合物は脂溶性で、皮下に厚い脂皮を持つ鯨類はそれらの化学物質を大量に蓄積することになる。
- 鯨類は体が大きくエラのような排出機構も持たないため、汚染物質の排泄の面でも魚類等に比べ不利。
- 鯨類は個体間の情報伝達やエコロケーションなど能動的に感覚器官を用いており、高度に発達した感覚/神経系に捕食や繁殖を依存する。このため、神経毒性のある重金属などの汚染によって聴覚・神経系統のダメージを被った場合、致命的となる。摂食・繁殖阻害のみならず、ストランディング誘発などによる間接的死因になり得る。
- 社会性が発達し、種によっては年齢・性別に応じて構成の変わる複雑な社会集団を形成しているため、非致死的影響であっても、社会行動を阻害することで繁殖率の低下につながる可能性がある。
- 胎盤あるいは授乳を通じた母子間汚染により、汚染の影響が長期間に及ぶ。
- 世代交代の間隔が長いため、汚染物質に対し遺伝的耐性を獲得することは望めない。
- 鯨類の生理には陸上哺乳類とも魚類とも異なる点があるため、汚染物質の影響について予測しにくい。
- (ニンゲンが殺した健康体の標本ばかりで)自然死亡の状況に対する知見に乏しく、汚染の被害を把握することが難しい。
- 汚染のひどい沿岸水域は、ある種の鯨類にとって重要な繁殖場ないし索餌場となっている。
4.石油汚染
毎年のように後を絶たないタンカー事故ですが、こうした大規模な事故だけでなく、船舶や海底油田、陸上施設の排水などからも、絶えず石油の浸出は起こっています。石油汚染は、クジラを始めとする海洋生物に深刻な被害を及ぼします。
石油の成分に含まれる芳香族炭化水素の一部は、発ガン性や内臓障害などの強い毒性を持ちます。海の表層にいる魚の稚魚や多くの海産動物の幼生は、石油の被害を強く受けます。海鳥やラッコ、アザラシなどの海棲哺乳類も、羽毛や体毛に付着して保温性を奪われたり、胃腸障害などを引き起こして大量死に至ります。
クジラへの影響としては、餌生物の大量死のほか、直接的な影響として、ヒゲに石油が粘着して正常な捕食が不可能になったり、流出した石油に含まれる有害成分が中毒や胃腸障害を引き起こしたり、噴気孔に詰まって窒息死することもあります。
事故が起きた付近の海域では、数年間は生産量の低下が避けられません。海洋生態系の多様性を支えるマングローブや藻場、サンゴ礁などの付近で事故が起きた場合、その被害はさらに甚大なものになるでしょう。また、高緯度の低温水域では石油の分解が遅れるため、被害がさらに膨らみます。仮に南極海付近で事故が起きたとすれば、代謝の低い南極の生物相に対して致命的な打撃となります。その影響はもちろんクジラたちにも波及します。
調査捕鯨船団のために南極まで燃料を補給しにいくオリエンタル・ブルーバード号は、旧式の小型タンカーで、石油流出事故の危険性を低減するための船底二重化措置も施されてはいません。給油やバラスト水調整の際にも油を漏洩させて南極の海を汚染します。これは調査計画の変更で捕獲頭数を強引に増やした結果、新たに付加された南極の自然破壊に他なりません。捕鯨ニッポンの海洋環境保護に対する意識の低さは、こんなところにも如実に表れているのです。
5.有害ゴミ
環境中で分解することのないプラスチック製のゴミが無数に波間を漂い、海鳥やウミガメなど海に棲むたくさんの生きものたちを苦しめ続けています。日本でも各地の沿岸に海外から大量のゴミが漂着している様子がテレビなどで放映されていますが、もちろん日本発のゴミもはるか太平洋の島々にまで流れ着いています。海のゴミには、梱包材など陸上由来のもののほか、船舶からの投棄、魚網やブイなど漁業系の各種廃棄物も含まれ、とくに不法投棄される漁具は大きな割合を占めています。年間に失われる漁具だけでもその量は15万ト以上に上るとみられ、犠牲となる動物の数は、海鳥数十万羽、海棲哺乳類約10万頭に達すると推定されています。
クジラの場合、他の動物と同様、餌と間違って飲み込んでしまい、狭い咽喉に詰まらせたり、消化器の障害を引き起こす恐れがあります。実際、座礁したクジラの死体の胃の中からもビニール袋などのプラスチック製品が発見されており、その数は増加傾向にあります。心ない漁業者が故意に捨てたり、ちぎれて流された魚網片を頭からかぶって餌が摂れなくなり、衰弱して泳いでいるミンククジラが時折目撃される──とは日本の鯨類学者の談。
日本はまた、およそありとあらゆる産業廃棄物を大量に海に捨ててきた海洋投棄大国としても知られています。海洋投棄に関する国際条約であるロンドン・ダンピング条約では、1996年に締結された議定書で廃棄物の海洋投棄が原則禁止となりましたが、日本が海洋汚染防止法の改正で対応したのは10年以上もかかったやっと2007年のこと。それでも、監視体制が整っていないため、不法投棄が未だに後を絶ちません。
近年では、破砕したプラスチックゴミの微小片・いわゆる〝マイクロ・プラスチック〟(MP)が非常に大きな問題となっています。ヒゲクジラは餌となるオキアミの所在を臭いで突き止めていると考えられますが、このときオキアミの出す臭いが実はMPと似ているのです。そのため、海鳥やクジラが誤って摂取しやすい可能性があります。また、ミンククジラなどの餌となるカタクチイワシなどはMP濃度が高く、捕食者のクジラに蓄積して健康被害を及ぼすかもしれません。さらに、やはりクジラの餌であるカイアシはMPに非常に弱いため、クジラにとっては将来餌不足になる懸念があります。
6.富栄養化
リンや窒素化合物を大量に含んだ汚水(都市の生活廃水、開発途上国の未処理下水、農業・畜産廃水、養殖関連など)は、海に流入して富栄養化を引き起こします。これは、赤潮のもとになる珪藻や褐虫藻、アオコなどの藍藻、大腸菌などの細菌、ウイルスといった各種の微生物を爆発的に増殖させます。赤潮は水中の酸素欠乏をもたらすほか、プランクトンによっては猛毒を持つものもあり、魚介類を大量に死滅させます。
また、これらのうちには、ヒトを含む哺乳類が死に至るほど強い毒性を持つ種類もあります。鯨類の場合、噴気孔からこれらの一部が体内に入り重篤な症状を引き起こす高いリスクを持っています。毒性がないものでも、種構成の単純化や酸欠など様々な問題を引き起こすことがあります。とりわけ、こうした海域で繁殖するザトウクジラやセミクジラなど一部のヒゲクジラにとっては、抵抗力の弱い未成熟個体の死亡率増加につながる要因となるでしょう。プランクトン由来の毒物が一次捕食者に蓄積し、シガテラ(貝毒)のように、ニンゲンを含む高次捕食者に重篤な被害をもたらすこともあります。貝毒の一種ドウモイ酸によるクジラの死亡事例もすでに報告されています。
海の汚染は、クジラたちに対しても、健康被害や餌生物の減少という形で影響を及ぼすのです。
7.海洋開発・音響妨害
港湾整備やマリンリゾート開発、護岸工事によって、自然のままの海はどんどん失われてきています。日本の自然海岸は、全海岸線のうちほんのわずかを残すばかりとなってしまいました。沿岸の藻場や干潟は、生産性が高く、漁獲対象種を含む多くの海産動物の稚魚や幼生が暮らす"揺りかご"の役割を果たしています。そうした沿岸の開発は、海の再生産力や浄化機能を損ない、漁獲量の減少や汚染の進行といった形でニンゲン自身にも跳ね返ってきます。コククジラ、セミクジラ、ザトウクジラなど沿岸性のクジラたちにとっても、子供を育てるのに必要な環境の悪化につながります。
また、油田探査などを目的とした音響測深、漁船用のソナーの利用によって、ニンゲンが進出する以前に比べると海の中もずいぶんと騒がしくなってきました。こうした騒音は、クジラたちの個体間コミュニケーションを妨害したり、その範囲を縮小させ、繁殖活動に影響を与えます。また、餌生物に対する影響と合わせ、索餌のためのエコロケーションを阻害することで、捕食率を低下させることも懸念されます。
今後、海底油田や鉱物資源の開発などで、ニンゲンの産業活動が沿岸からさらに沖合、深海へと拡大していけば、海の生態系に予想外の影響を与えるかもしれません。
8.船舶との衝突事故
水上交通の増加のために、道路で轢かれる陸上の野生動物たちや飛行機に衝突する野鳥たちと同じく、海に棲むクジラたちも交通事故の被害に悩まされるようになってきました。とくに、近年連絡線として急速に普及したジェットフォイルなど高速船との接触事故が、日本周辺でも相次いで報告されています。新種ツノシマクジラの発見も船舶との衝突による事故死がきっかけでした。日本の報道では、衝突事故の原因をクジラの増加に求める記述がしばしば見られますが、科学的根拠は一切ありません。
タンカーなどの大型船舶はまた、バラスト水の排出による外来生物種の他地域への移入という、各地の海に固有の生態系を脅かす別種の問題も引き起こしています。
9.過剰漁業
近代に入って、漁獲技術の向上と資本の参加、市場の拡大が急速に進んだことで、海域によっては海の持つ生産力を上回る過剰な漁獲が行われるようになりました。商業的に捕獲されている魚種の多くは、クジラやアザラシなど海棲哺乳類や海鳥、別種の魚たちの餌と重なっており、ニンゲンの漁労行為が始まるはるか以前から魚を糧としていた海の先住者であるクジラや他の動物たちの食卓が奪われる結果に。
クジラと直接関係する事例としては、カナダ沖のキャぺリン漁業とナガスクジラへの影響、ノルウェー沖のタラ漁業とネズミイルカやミンククジラへの影響などが指摘されています。北洋トロールによるメヌケの減少は、マッコウクジラの分布パターンを変化させたといわれます。これらはいずれも、漁獲量の拡大⇒乱獲による資源の減少⇒他生物への波及という形で表れており、逆になることはありません。
南極では1960年代後半にタラなどの底魚の漁獲が始まり、あっという間に獲り尽くしていくつかの魚種を激減させました。ギンムツとして知られるマジェランアイナメも、乱獲と違法漁業の問題が指摘されていますが、日本はその主な市場となっています。オキアミ漁も1970年代後半に旧ソ連や日本によって開始され、年間漁獲量は最高で50万トンに達しました。
10.混獲
混獲とは、漁獲対象外の動物を偶然に、あるいは意図的に捕獲すること。要するに〝巻き添え〟です。犠牲になるのは、海鳥やウミガメ、マンボウやサメなどの魚、そしてイルカやクジラたち。ツナ缶のマグロのために、東部熱帯太平洋のハシナガイルカやマダライルカなどが年間10万頭以上殺されていた時期があります。北太平洋では、イシイルカが日本のサケマス流し網漁により年間1万~2万頭も殺され、個体数減少に大きく関与しました。1980年代のニューファウンドランド沖では、個体数の少ないザトウクジラの北大西洋個体群のかなりの割合が魚網にかかる事故で死亡したとみられます。多くの海洋生物を犠牲にすることで〝死の壁〟の代名詞を被せられた公海流し網は、1990年代初頭に国連決議によって全面禁止が決まりました。しかし、今でもなお多くの動物たちが、魚網や漁具に絡まって溺れ死ぬ事故に遭っています。(有害ゴミの項目も参照)。延縄漁による海鳥の混獲数は世界で年間30万羽に上ると推計されます。
絶滅危惧種のアホウドリ保護・増殖プロジェクト、資金を拠出しているのは実は日本ではなく米国政府。きっかけは、アラスカのタラ漁で混獲されたたった2羽のアホウドリ。アホウドリの生息域と重なる海域でマグロ延縄漁を展開し、消費大国でもあるのは日本なのに、恥ずかしい限りです。農水省・水産庁が予算がない環境省に代わって積極的に保護に乗り出すべきではないでしょうか。
11.放射能汚染
原子力発電もまたクジラと無縁ではありません。放射能を含む廃液の問題もさることながら、原発からの温廃水による変則的な水温上昇が沿岸の生態系に悪影響をもたらします。万一事故が起こった場合、撒き散らされた放射性物質は最終的に海へと達します。1986年のチェルノブイリ原発事故でも、放出されたセシウム同位体のうち約7%は海に降下したと考えられます。とくに日本の原発はすべて臨海地に建設されており、海の放射能汚染は避けられません。それは、昨年夏の柏崎刈羽原発の地震被害で、放射能を含む水が漏出したことでも明らかです。
かつて日本は、英仏の再処理場に委託していた核廃棄物から出されたプルトニウムの海上輸送を強行しました。1992年に輸送船あかつき丸が通ったのは、喜望峰を回ってタスマン海を抜けるルートで、まさに南極海の目と鼻の先でした。地上最強の猛毒物質といわれるプルトニウムが事故によって海中に放出されたなら、その被害は図り知れません。今世紀に入ってからは保安上の理由で海上輸送は難しくなりましたが、年々増え続ける核廃棄物の処理の問題は棚上げにされたままです。
そしてとうとう2011年3月11日、海洋汚染の規模としては最悪の原発事故がここ日本の福島で起きてしまいました。
※ 福島第一原発事故と鯨類への影響についてはこちら。
12.戦争・軍事演習
ひとたび戦争が勃発すれば、戦闘水域は徹底的に破壊され、汚染防止や野生生物保護のための施策は無視され、投じられてきた資金と労力もすべて水の泡となりかねません。かつて英国とアルゼンチンとの紛争では、クジラが潜水艦と間違われて攻撃される事故も起きています。湾岸戦争においても、ペルシャウやシナウスイロイルカなど多くの海棲動物が犠牲になりました。クジラもまた戦争の犠牲者に他ならないのです。
今日では、100%商業捕鯨のみが原因でクジラが絶滅することは、おそらくないでしょう。なぜなら、商業利用の場合、対象種が絶滅の一歩手前まで来れば、採算をとることは通常不可能だからです。シロナガスクジラはナガスクジラとの併殺によって限界以上のダメージを被りましたから、油断はなりませんけど・・。
しかし、もはや絶滅が不可避となる段階にまで追い込む〝トリガー〟には十分なり得ます。「ブンカブンカ」と叫びつつ、うっかりこの引き金を引いてしまったら、たとえ全責任が日本にあるわけでないとしても、「クジラ絶滅の引き金を引いたのはお前たち日本人だ」と、将来の世代にいつまでも後ろ指を指され続けることになりかねません。
参考文献:「鯨とイルカの生態」(D.E.ガスキン著)東大出版会、「動物大百科シリーズ」平凡社、「水産学シリーズ」恒星社厚生閣 他
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