(初出:2011/5/27 JANJAN NEWS)
水産庁の調査は本当にグリーンピースより信用できるのか?
6月27日、水産庁が水産物中の放射性ストロンチウムの測定結果を公表した。4種のサンプルの結果はいずれも「検出下限値未満」となっている(リンク)。
水産学者の勝川俊雄三重大学准教授は、水産庁の調査結果に対し、「ストロンチウム汚染がなさそうな魚ばかりを検査している」と批判している。詳細は勝川氏のブログ記事を参照されたい(リンク)。
この件について、水産庁増殖推進部研究指導課に問い合わせた。まず、なぜサンプルがこのこの4件のみだったのか。食品中の放射能測定(ヨウ素とセシウム)については、厚生労働省の指示に基づき、各自治体が検査を行って結果を公表、同省及び農林水産省で集約している。今回のストロンチウム測定は水産庁独自の判断によるもの。サンプルの選定基準は、①流通している、②骨ごと消費される、③十分な量が確保されている、の3つ。測定に必要なサンプルの量は、灰試料の状態で30g、生ではおよそ3kg程度とのこと。
測定されたサンプルには、ひたちなか沖で4月8日及び12日に採取されたイカナゴが含まれる。これらはセシウム(核種合計)の濃度が80Bq/kg以下だ。しかし、同時期の4月13日にいわき沖で採取されたイカナゴではセシウムの濃度が14,500Bq/kg、同じく4月18日採取分では14,400Bq/kgに上り、3桁も値が異なる。水産庁によれば、今回測定に使った茨城及び千葉産のサンプルは、県側から委託されて水産庁所管の中央水産研究所で測定しており、県に了解を得たとのこと。それに対し、福島産の水産物は県が直接研究機関に依頼しているため、今回の測定対象には含まれていないとのこと。実際には、中央水研も今回、福島県や東電の検査委託先と同じ日本分析センターに回しているのだが。
聞けば、中央水研にもベータ線を測定する機器はあるとのことだった。そもそも放射性ストロンチウムの計測ではなく代謝測定等の用途に使用していたため、ストロンチウム測定用の試薬や検査員の手配が間に合わなかった、ということらしい。独法下の機関であり、水産庁も丸投げしただけで詳細はわからないという。
水産庁では今後も調査を予定しているとのことだが、内容については今回の分析結果も合わせて検討するとのこと。依頼した5月25日から結果が判明するまで丸1ヶ月過ぎているが、その間に順次測定を進める考えもなかったという。
「検出下限値未満」となった点について、水産庁側は、現在流通されている水産物については「安全であることが確認された」との認識だ。今後の調査の検討にあたって、今回の結果をもって「これ以上は必要ない」との意見も出るだろう、とのこと。
福島県に改めて調査協力を求める考えはないか尋ねたところ、水産庁には県に指示する法的権限はないとのことだった。「金がかかることだから・・」とも言われたが、1件の検査委託料は10万円程度で、自治体が拠出を渋るほど巨額なわけではない。食品衛生法を所管する厚労省医薬食品局食品安全部監視安全課にも問い合わせたが、県に対する強制力がないという回答は水産庁と一緒で、「モニタリングについては水産庁へ」と返されてしまった。一点、311後に食品中のストロンチウム濃度が測定されたのは、「検出下限値未満」となった今回のケースが初めてだとは確認できた。
食品安全委員会の定める食品中の放射性物質の暫定規制値は、ストロンチウムについてはセシウムの1割以下との想定のもと、セシウムの基準の中で考慮されている。しかし、放射性物質が大量に海へ流出した今回の福島第一原発事故は未曾有の体験であり、水産物等に実際にどれくらいストロンチウムが蓄積されるかは明らかでない。すべては机上の計算にすぎないのだ。
水産庁、厚労省、食品安全委員会、各自治体という縦割行政の狭間で、食品中のストロンチウム検査は完全に置き去りにされてしまった格好だ。
「〝ストロンチウム不検出〟というアリバイを作るための出来レース」ではないか、と勝川氏は非常に厳しい指摘をしている。ストロンチウムの測定は市民の手に負えるものではないため、霞ヶ関のアリバイ工作──セシウム濃度の高い水産物の調査が「できなかった」のではなく「しなかった」──があったか否か、これ以上確かめる術はない。ただし、「できていない」以上、これ以上は「しなくていい」という結論はありえない。
イカナゴのセシウムの値は100Bq/kg台にまで下がったが、底魚のアイナメでは1,780Bq/Kg(6/13いわき沖)、モクズガニで1,980Bq/kg(6/13福島県産)の数字が出ている。キタムラサキウニ、ホッキ貝、イシガレイ、シラスなど、いずれも福島県産は暫定規制値以上の500Bq/kgを上回る値が出ている。中型魚でも干物用は骨も可食部となる。甲殻類などはストロンチウムの濃縮係数が魚類よりも大幅に高い。また、川魚は汚染の経路が異なるとはいえ、セシウムの濃度が2千~4千Bq/kg以上と飛躍的に高くなっている。
「流通されない」からといって、「実態を把握しなくてよい」ことにはならない。関心とリテラシーの低い消費者であれば、今回の結果を見て「ストロンチウムの汚染はゼロ」という受け止め方をしかねない。きちんと情報を提供したうえで、操業・出荷規制と補償など適切な処置を取ることこそ、行政の役割ではないか。今のままでは、国民がストロンチウム汚染を「正しく怖れる」ことはできない。生産者と消費者の安心はいつまでたっても得られず、不信感が募るばかりだ。
惜しまれるのは、環境保護団体グリーンピースがストロンチウムの測定に着手しなかったことだ。数字が出ていれば、水産庁も先延ばしにしたりお茶を濁して済ませる真似はできなかったろう。非常に重大な問題であるにも関わらず、実施発表の報道は朝日新聞1件、結果公表の報道は毎日新聞1件しかなく、マスコミの関心が驚くほど低い点も問題だ。
後手に回ったとはいえ、水産庁が自主的にストロンチウム測定に乗り出した点は評価したい。だが、もし国が「必要な調査」をやらないのであれば、国民はNGOなり他国の研究機関なりに頼る以外になくなる。水産庁には、国民本位の姿勢を忘れることなく、誠実に、速やかな再検査実施を求めたい。市民の皆さんには、セシウム濃度の高い水産物についてはきちんとストロンチウムの検査を実施するよう、水産庁・厚労省に対して強く要望することをお願いしたい。
※6/30追記
厚労省の回答では、311後の食品中の放射性ストロンチウム濃度の測定は今回の水産物が初めてとのことだったが、新潟県が柏崎の原乳について測定を行い、6/22に結果を公表していた(検査結果は例年と同程度の0.02Bq/l)。厚労省のHP上では、この調査がストロンチウムを対象にしたものであることは、最後のPDFファイル(新潟県報道発表資料)を開くまで確認できない。新潟県にできる以上、福島県の水産物についても国ができないとする理由はない。
※7/3追記
水産庁の説明に対して新たな疑問が生じた。4月25日に北茨城沖で採取されたシラスは、セシウムが180Bq/kgで、今回の最高値であるイカナゴの81Bq/kgの倍以上にあたる(リンク)。これは暫定規制値以下なので、「十分な量」以外の水産庁の測定条件は満たしている。また、2月29日にはひたちなか沖で採取されたイカナゴで1,374Bq/Kgという高い値が出ている。同日の調査は国・中央水研に測定を委託したものではないが(8日と12日採取分は国に委託)、茨城産の魚のストロンチウム測定について、すでに国の打診に茨城県側が応じている以上、同様の指示を出すのに障害はないはずだ。
参考リンク:
-「水産庁/東日本大震災について~水産物のストロンチウム測定結果について~」
http://www.jfa.maff.go.jp/j/press/sigen/110627.html
-「厚生労働省/食品中の放射性物質の検査結果について(第105報)|新潟県から入手した検査結果」
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001ghig-att/2r9852000001ghrx.pdf
-「茨城県農林水産部/魚介類の分析結果について」
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001ajws-att/2r9852000001ak48.pdf
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001b06c-att/2r9852000001b0ba.pdf
-「水産庁のストロンチウムの検査が酷すぎる件について」
http://katukawa.com/?p=4684
-「全国の食品の放射能調査データ」
http://atmc.jp/food/
-「放射性ストロンチウムについてのリンク集」
http://konstantin.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-c340.html
-「ストロンチウム汚染を〝正しく怖れる〟ために」