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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

(初出:2012/6/6 JANJAN NEWS)

ここまで低い水産庁と捕鯨業者の放射能汚染への問題意識

 三陸沖調査捕鯨によって捕獲されたミンククジラの放射能測定結果について、水産庁の関係部署に問い合わせた。

 経緯については、記事下のリンクにある過去の拙記事を参照されたい。今回の調査では6つのサンプルについて放射能測定が行われているが、検出限界未満の2個体と0.7Bq/kgの1個体、十数Bq/kgの値を示している3個体とで傾向が分かれている。単にこれだけのバラツキがあるだけなのか、何らかの理由があって偏りを生じているのか。調査地点・性別・年齢は、その要因を探るうえで重要な情報である。しかし、水産庁と中央水産研究所の公表している測定結果のリストでは、ミンククジラはすべて「三陸沖」と記載されているのみで、他の多くの水産物のように採集地点の緯度・経度情報が入っていない。

 増殖資源課、横浜の中央水産研究所とたらい回しされた挙句、たどり着いたのは捕鯨班。放射能測定結果に関する問い合わせであっても、クジラだけは捕鯨セクションが仕切っているということだ。

 国際課捕鯨情報企画官・竹越氏と押し問答を経たものの、残念ながら、採集地点の情報を引き出すことはできなかった。

 この点について、竹越氏が掲げた理由は次の3点。1.反捕鯨団体の妨害。2.食品汚染の観点からは不要。3.資源評価が終わっていないため、それまでは出せない。

 1.については、既に調査自体は1週間前に終わっていること、過去の沿岸調査の採集地点の情報は鯨研も公表していること(過去記事参照)、採集船の予定ルートに関する情報ならいざ知らず、どこで採集されたかの情報など反捕鯨団体とて妨害に活用しようがないこと、鮎川から50kmの範囲と調査海域自体公表されていること、など、採集地点の情報を秘匿することには何の合理性もないと再三指摘したが、「関係者の理解が得られない」の一点張りである。

 さらに不可解なのは、最初に捕獲されたサンプルについては、水揚直後の4月16日に河北新報が「南三陸町沖合45km」と報じてしまっていることだ。調査開始時なのだから、一番妨害の心配をしていいはずである。曰く、「関係者にも反対の声があったが、最初だけはマスコミの要請にあえて応えた。苦渋の選択だった」とのこと。

 2.について、食品中の放射性物質の新基準値(100Bq/kg)以下かどうかが重要で、採集地点の細かい情報は不要、というのが水産庁捕鯨班の立場だ。

 実際には、中央水研に寄せられる水産物の放射能測定サンプルのほとんどは、採集日や採集地点(緯度・経度)などの細かい情報がラベリングされ、検査結果の一覧表でもきちんとそのデータが公開されている。ミンククジラでは6検体とも三陸沖といういい加減な表記のみで緯度・経度情報が抜けている。他の水産物に比較して、クジラでは調査の精度や情報公開の意識が低いと受け取られかねないだろう。消費者視点でこまやかな情報を提供している他の漁業者や研究者に対しても失礼な話だ。

 他の水産物の多くで採集地点のデータがきちんと公開されている以上、ミンククジラについても同様に今からでも公開すべきだと質したが、竹越氏曰く「もう胃袋に収まっているのだから意味がない」。

 記者が指摘するまでもなく、福島第一原発事故の影響・海の汚染状況について、国民は詳細な情報を包み隠さず明らかにすることを行政に求めている。それがないからこそ、国に対して強い不信感を抱いているのだ。

 水産庁の捕鯨セクションは、放射能の海洋生態系への影響に国民が強い関心を抱いていると思っていない。逆に、国民は食べることにしか興味がない、と思っている。この程度の認識しか持ち合わせていないのだ。まさに驚くべきというほかない。

 3.について、他の水産物と異なり、採集地点の情報がサンプルとともに送られなかった理由として挙げられたのが、「全体の資源評価が終わってないから」というもの。竹越氏曰く、「生データだから出せない」。

 これまたおかしな話である。採集地点は、公開されている体長・性別と同様サンプルの付帯情報に過ぎず、割り出すのに複雑な解析など何一つ必要ない。「生データ」というのは、IWC(国際捕鯨委員会)における論争でしばしば用いられるフレーズなのだが……。

 情報公開がここまで不十分になるのであれば、地域捕鯨推進協会に委託する資源管理目的(副産物として鯨肉も商業利用されるが・・)の捕鯨とは別個に、他の水産物と同様の、放射能測定を主目的とする試験操業の形で厳密な科学的調査を行うべきだったろう。

 はっきりしたのは、過激な反捕鯨団体シーシェパードの活動が、海洋汚染を懸念する日本国民の求めに対する情報不開示の盾として、恣意的に利用されてしまっていることだ。産官学の癒着の象徴というべき捕鯨サークル(水産庁捕鯨セクション・日本鯨類研究所・株式会社共同船舶)と、放射能被害を矮小化したい日本政府全体の利害の一致が、情報公開への後ろ向きな姿勢を一層きわだたせたことも否定できないが。

 竹越氏に質問を受け、なぜ採集地点のデータを記者が気にするのかについて、北西太平洋のミンククジラは性・年齢に応じて回遊ルートが異なること、とくに仙台湾内では未成熟個体がコウナゴを採餌していることも伝えた。これは、三陸沖沿岸調査を含むJARPN(北西太平洋鯨類捕獲調査)によって明らかにされた数少ない科学的成果の一つである。残念ながら、竹越氏は知らなかった。 

 小型沿岸捕鯨事業者から成る地域捕鯨推進協会の該当データの公開先もリンクで示しておいた。この表を見た皆さんは、おそらく目を丸くされるであろう。水産庁の公表資料でさえ明示されている放射性セシウムの合計値が入っていない。値をどうしても「より小さく」見せたいのだろう。そして、「不検出」という不適切な表記。不検出という用語は従来使われてきており必ずしも間違いではないが、一般には「放射能はゼロ」と同義との誤解を招きやすい。また、東京都が都民の動揺を抑えるとの理由で20Bq/kg以下の場合値が出ても不検出とするよう指示を出したことが、週刊誌で報道され問題にもなった。他の機関では、検出限界ないし定量下限値を明記したうえで、その値未満の場合に「不検出」とする旨の但し書きが必ず記載されているか、「検出限界未満」との表記を使うか、いずれかである。地推協は「クリーンな鯨肉」のイメージを壊したくなかったのであろうか?

 これは、捕鯨業者の原発事故による放射能汚染に対する認識が、一般市民と大きく乖離していることのまぎれもない証明といえる。漢籍を呟いていれば、放射能なんて「お上」がそのうち何とかしてくれるさ、という程度の問題意識なのだろう。特異な消費者層が同様の低い認識しか持ち合わせていないとすれば、やむをえないことかもしれないが……。

 数字についてひとつ注意を喚起しておきたい。十数Bq/kgという値は、一見小さいように見えるかもしれない。しかし、放射性物質は時間とともに減っていくのだ。セシウム134とセシウム137の実効半減期をもとに大ざっぱに逆算すると、事故直後には400Bq/kg程度だったことになる。これは、昨年の春季に仙台湾周辺で高濃度に汚染されたイカナゴを摂餌したことが汚染の主原因だったと仮定した場合、あり得ることだ。過去記事で解説したとおり、被曝の影響は看過できない。ただし、この1年の間にある程度汚染された魚を継続的に摂取することで徐々に蓄積したと考えれば、この計算は成り立たない。昨年三陸沖で放射能測定のための調査捕獲を実施しなかったのは、きわめて残念なことである。

福島第一原発事故と海の野生動物への影響

-水産物の放射性物質調査の結果について(水産庁)
http://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html

-平成24年度 鮎川沖鯨類捕獲調査における放射性物質検査結果(地域捕鯨推進協会)
http://www.ascobaw.jp/html/housyanoukekka24.html

-放射性物質の影響について(外房捕鯨株式会社)
http://gaibouhogei.blog107.fc2.com/blog-entry-254.html

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