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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

(初出:2011/5/6 JANJAN NEWS)

ウィキリークスによって明らかになった赤松元農相の問題発言

 沖縄の米軍普天間基地移設問題をめぐる日米交渉の内幕が内部告発サイト・ウィキリークスによって暴露され、波紋が広がっている。

 国家の機密保持や報道のあり方に一石を投じ、世界中で一躍注目を集めたウィキリークスだが、皆さんは同サイトが最初に報じた日本関連の米国外交公文(在日大使館発の公電)がなんだったか、ご存知だろうか。そう、実は捕鯨に関するものだ。ただ、日本のメディアは総じて、概要をごくかいつまんで淡々と伝えるにとどまった。一体どこが問題だったのかと、多くの日本人は首をかしげるばかりで、記憶の片隅にも残らなかったに違いない。

 しかし、そこには日本国民、国家(官僚・政治家)、米国政府の三者の関係を象徴する重大な真実が隠されていた。

 日本政府の表向きの見解と、ウィキリークスによって明らかにされた〝裏の動き〟との間には、著しい食い違いがある。

 問題の公電は、2010年1月25日に都内で行われた、マーク・ウォール在日米国大使館経済担当公使と福山哲郎外務副大臣(当時)の会見について、行使が本国に伝達したものだ。日本を含めた国際交渉を円滑に進めるうえでも、アイスランドに対して北大西洋でのナガスクジラ捕獲の削減するよう、日本から働きかけてほしい、と行使は要請した。

 簡単に背景を説明すると、アイスランドで消費されているのはミンククジラのみであり、ナガスクジラの捕獲は日本への輸出をあてこんでいる。日本の関係者が自ら認めるとおり、消費が低迷する中で輸入鯨肉を受け入れる余地はない。アイスランドの捕獲割当は非現実的な期待に基づいていると、当の日本が説明することには大きな意義がある。日本の協力が得られれば、日本自身の捕獲割当交渉に際して、シーシェパードの免税資格剥奪や豪州の説得など、米国もサポートする用意がある、そう頼み込んだのだ。

 ところが・・福山副大臣が示した反応は「アイスランドには取り付く島なんてない」というきわめて鈍いものだった。かくして、行使は「日本政府は交渉にひどく消極的で、関与を避けたがっている」という電文を本国に送ったわけだ。

 水産官僚の山下氏も、米行使との会見では、国際条約の抜け穴を盾にした自己正当化など、原理主義にあくまでこだわる立場を強調している。仮にアイスランドが大きく譲歩することになれば、自国の削減幅を可能な限り小さくするうえで不利になる、との思惑も見え隠れする。

 話はここで終わらない。行使と副大臣の会談後まもない2月5日の記者会見上で、赤松農相(当時)が福山副大臣とはまったく逆のことを述べていたのである。以下は農水省ホームページからの引用。

 ただ、アイスランドとノルウェーが、なかなかきついものですから、「俺たちは、今までどおりやりたいんだ」みたいなところがちょっとあるんで、そういう人たちも含めて、今、いろいろ説得の努力をしているというところですね。

 政権与党の福山氏と山下氏ら農水・外務官僚の間で、認識の共有が図られていたことは100%疑いがない。赤松農相はただのお飾りで蚊帳の外に置かれていたのだろうか。さすがにそれは考えにくいだろう。

 つまり、政官の捕鯨担当者は、実際には他国の説得の試みなど最初から放棄していた。にもかかわらず、あたかも和解の成立に向けて真剣に、主導的に交渉を担ってきたかのような口ぶりで、国民の目を欺いていたのである。

 赤松元農相は、CITES(ワシントン条約)とIWC(国際捕鯨取締条約)の締約国会議における協力をとりつけるべく、かなり悠長な日程で中南米をめぐる外遊に出た。宮崎県で口蹄疫の最初の発症があった後のことである。結局赤松氏は辞任、責任を取らされた格好となったが、赤松氏個人というより農水省という組織にとって「クロマグロとクジラはウシよりプライオリティが上」だったのだ。

 いま新たに明らかになった、第二の沖縄密約とでも呼ぶべき辺野古移設をめぐる裏交渉の、政権交代を託した有権者、沖縄市民に対する裏切り行為の縮図が、ここに見て取れる。

 沖縄の基地問題に関心のある方々には、もうひとつ注目していただきたいことがある。捕鯨交渉と米軍基地交渉の間には、相似とともに対照的な側面もある。

 米軍基地、原発、死刑問題などの社会問題と共通する傾向といえるかもしれないが、日本国民の間では、現行の捕鯨推進政策を支持する人が一応過半数を占めると思われる。もっとも、大多数の人々は、国際交渉の場で具体的にどのような協議がなされているか、詳細を何も知らぬまま、ただ漠然と支持しているだけであろう。それでも、北朝鮮のごとき唯我独尊の姿勢を貫き、一切の歩み寄りを拒むよりは、話し合いによる外交的解決を望む声の方が圧倒的多数を占めるに違いあるまい。曲がりなりにも民主主義の国なのだから。

 では、赤松元農相の発言は、そうした国際社会での共存・協調を重んじる温和な日本国民を意識した、偽りのメッセージだったのか。

 「捕鯨問題で性急に動けば国民の支持が得られない」という、福山氏の発言の中に本音が語られている。それこそ、「平和を返せ」という沖縄県民の声とは比較にならない重みを持っているかのようだ。実際には、全漁連や全日本海員組合など、自民党と民主党の間でキャスティングボートを握っている組織の目を意識しているのは間違いない。

 では、妥協を絶対許さないとみなしている、その国民へのメッセージというにはあまりに奇妙な赤松発言の真意は、一体どこにあったのか。

 和解交渉の中で捕獲枠削減を最小限に食いとどめるどころか、決裂を最初から目論んできた、そう考えるのが妥当だろう。日本側は精一杯努力をしてきたにもかかわらず、交渉は決裂してしまった。だが、非妥協的なのは自分たちではなく、過激な組織や米豪の側に責任があるのだ──と国民に印象づけることが狙いだったに違いない。

 沖縄交渉では、米国にすり寄って沖縄の市民や有権者をだました日本政府。だが、捕鯨交渉では、政官業学報が混然一体化した〝捕鯨サークル〟にすり寄り、米国政府の担当者を欺いていたのだ。

 もう一点、ウィキリークスが報じた捕鯨関連の外交公文の中には、米国側が絶滅危惧種のナガスクジラの南極海での捕獲をどうか見合わせてくれと日本に要請したことが書かれている。そして、どうやら米国側は、この点で日本の了解を得たつもりでいたらしい。ところがなんと、この年の南極海調査捕鯨で、日本はナガスクジラの捕獲を強行したのだ。

 沖縄ではひたすら米国に対して低姿勢を貫く霞ヶ関官僚・政権与党だが、こと捕鯨というトピックに関する限り、緊密な同盟国の要請を頑として撥ねつけることができるのだ。それどころか、アメリカ側がいったん合意したものと受け取った約束事を、平然と反故にすることまでできてしまうのである。普天間・グァム移転に絡む一連の経緯を、再度思い起こしてほしい。

南極のナガスの尾の身 > 米国との同盟関係 >> 沖縄の平和と自然

 これが、霞ヶ関・永田町の優先順位なのである。実に、実に驚くべきことだ。

 知らない方向けに付け足しておくが、ナガスクジラの尾の身は美食家の間で究極のグルメとされている。超党派国会議員や著名人の集まるパーティーの場で振る舞われるのであろう。

 ウィキリークスは、機密の壁を打ち破り、市民の知る権利に最大限奉仕することをモットーにしている。基幹サーバーが設置されている国には、情報公開と内部告発者保護で一際進んでいる北欧のノルウェーやアイスランドが含まれている。今年のノーベル平和賞の候補にもなっているとの情報も。ご承知のとおり、この2国は捕鯨国でもある。一連の文書の中には、この西洋の両捕鯨国、あるいは反捕鯨国の筆頭豪州政府にとっても不利な内容が含まれている。

 この件に関しては、国家による情報統制を強力に擁護してウィキリークスたたきにいそしみ、捕鯨業界とも緊密なリレーションを持つ産経新聞が、またしても珍妙な解説を報じている。文書の公開順にたいした意味があるとは思わないが、東アジア外交全体に影響を及ぼすインパクトの高い機密情報を公開する前に、前座として先行掲載した可能性はあるかもしれない。

 確かに、たかが捕鯨である。日本の市民も、世界の市民も、米国政府も、たかが捕鯨でここまで振り回されている。驚くべきことだ。

 最後にもう一点指摘させていただく。〝国(家)益〟よりも、一般市民の知る権利=〝国(民)益〟を重視する姿勢を示し、世界中の市民から共感を得たウィキリークスに対し、世界の民主主義国の中でも最も冷淡だったのが、公共放送を含む日本の大手マスメディアだった。体制を擁護し、情報隠蔽に消極的手法で寄与し、大本営の方針に沿った世論誘導に熱を入れてきた日本のマスコミの在り方を、もう一度問い直したい。福島第一原発事故をめぐる際立った偏向報道こそは、まさにその端的な表れだ。

 捕鯨、沖縄米軍基地、そして原発。日本の闇がそこにある。

*参考資料
-アイスランドが捕鯨緩和議論で日本の需要に期待―ウィキリークスが公電公開(ウォールストリートジャーナル日本版)
http://jp.wsj.com/japanrealtime/2011/01/15/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%8C%E6%8D%95%E9%AF%A8%E7%B7%A9%E5%92%8C%E8%AD%B0%E8%AB%96%E3%81%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9C%80%E8%A6%81%E3%81%AB%E6%9C%9F%E5%BE%85/
-東京発の公電、ウィキリークス暴露 捕鯨めぐり日米協議(朝日新聞)
http://www.asahi.com/international/update/0103/TKY201101030194.html (リンク切れ)
-捕鯨問題を“狙い撃ち”したウィキリークス(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110111/amr11011107400036-n1.htm
-赤松農林水産大臣記者会見概要(農林水産省)
http://www.maff.go.jp/j/press-conf/min/100205.html
-赤松農相、せめてもちっと勉強してから発言してよ!!(クジラ・クリッピング)
http://kkneko.sblo.jp/article/35169812.html
-re:ウィキリークスの対米公電全文翻訳(YAHOO!掲示板)
http://textream.yahoo.co.jp/message/1834578/a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4c0a1aa?comment=51000
-〈正義〉と〈告発〉のあり方を考える~都内でシンポジウム~(JanJanBlog)
http://www.janjanblog.com/archives/25711
-真泉コラム「官僚はアメリカの属国であることを由とす」(JanJanBlog)
http://www.janjanblog.com/archives/38696

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