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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

(初出:2002/5)

狂牛病とクジラ

 2001年は、牛海綿状脳症(BSE)、通称狂牛病の国内での発症例第1号が報告され、農林水産行政の看過し得ない無策・失策が明らかにされたのに続いて、雪印食品や丸紅畜産など大手食品・流通企業が虚偽表示を行い在庫処分に対する税金による補填に便乗した実態が明るみになるなど、まさに日本における食への信頼が根幹から揺るがされた年でした。疑惑の目はいまや食肉ばかりでなく、産地や等級から、添加物・遺伝子組換・有機等の表示を含む表示全般、食品全体に向けられています。水産物でも千葉でシジミの産地偽装表示が発覚し、その後も各地で中国・韓国産等の魚介類が国産と偽って表示されていた事実が立て続けに明らかになりました。東北のズワイガニが中国地方に運ばれてマツバガニに名を変え市場に出回っているなどの噂も指摘されるとおり、こうした消費者の目を欺く行為が残念ながら大手を振ってまかり通ってきたのが実状のようです。
 これらはもちろん、クジラにとっても無関係な話ではありません。密輸・密漁鯨肉が毎年のように摘発されながら一向に消え去らずに市場に出回るのは、同様のメカニズムが働いているからだとみなさざるをえません。イルカの肉が鯨肉と偽って販売されていた事例もあります。かつての大手捕鯨業界が便宜置籍船や海外基地での積み替えによる規制逃れを行ってきたのも、食肉流通業界の体質と通じるものがあります。
 調査捕鯨によって供給される鯨肉分については、遺伝子を登録し流通管理を行うトレーサビリティが検討されています。しかし、故意に、会社ぐるみで、監視体制の甘さを見透かすように表示の偽装工作が行われてきたという現実を前にすれば、疑問符がつかざるをえません。農水省が牛肉に対して現在行っているように、在庫の全品検査でも行えば実態はつかめるでしょう。過去の在庫について調べれば、少なくとも産地については明らかになるので、密輸・密漁の真相が改めて暴かれることになるはずです。それでも、流通の過程をすべて追うことは不可能です。そもそも、市場の限定された一部の嗜好食品を特例扱いする予算があるくらいなら、食品・流通行政を抜本的に見直し、消費者に食の安全に対する信頼を一刻も早く取り戻すのが先決といえるでしょう。
 一連の狂牛病騒動に関しては、専ら流通業界と農水行政・族議員の責任が問われていますが、生産者にも責任がないとはいえません。彼らが消費者の安全・健康の問題に真摯に向き合い、欧州等の情報にもアンテナをめぐらせるなどし、政府を頼ることなく取り組んでいたら(あるいは突き上げていたら)、海外からリスクを指摘されながら無策のまま、国内での発生を許す事態は避けられたでしょう。日本の一次産業の政官との密着・過保護ぶりについては常々指摘されているところですが、海外農産物との競争力より、消費者に安全を届ける努力こそ優先されるべきです。
 無論、生産者とのつながりを失った消費者も責めを負うべきでしょう。日々自分たちの口にするものがどこでどのように生産され、食卓に運ばれているかに無関心で、消費する〝だけ〟の立場になってしまえば、虚偽表示が氾濫し、健康がないがしろにされたとて自業自得といえるかもしれません。
 さらにいえば、もし、欧米人に対して胸を張れるほど家畜を大切にしていたなら、狂牛病は起こりえなかったはずです。家畜の福祉にもっと関心が払われていたら、コストと早期育成の観点で飼料として肉骨粉が与えられることもなかったでしょう。草食動物のウシに無理やり〝共食い〟をさせるなど、日本人の文化、動物観からすれば明らかに自然の理に反することのはず。奇妙なことは、今回の騒動の中で、100%ニンゲンの責任でありながらも利用されることもなく殺処分されるウシへの同情・抵抗感がマスコミ、世論からまったく沸き起こらず(あっても「カワイソウ」の一言でおしまいでしたね)、対応も議論にさえならなかったことです。あるいは、そうした文化・感覚は日本人から失われてしまったのでしょうか? イギリスのキツネ狩りやオーストラリアのカンガルー駆逐などが、日本のマスコミではことあるたびに捕鯨と絡めてヒステリックに取り上げられる傾向がありますが、「他人のことは言えない」というのはやはりお互い様ということでしょう。もっとも、日本の場合主旨が「殺すな」ではなく「お前たちも殺ってるんだから俺たちにも殺させろ!」に替わっているのが大きな違いですが。
 結局、日本での狂牛病発生によって明らかにされたのは、生産者、消費者、流通、行政に至るまですべての日本人が、いかに《食=生命をいただくこと》から切り離されてしまったかということなのかもしれません──。
 狂牛病騒ぎで牛肉の消費が落ちていることから、きっと関係者は補完需要を宛てにしていることでしょう。しかし、狂牛病を招いた経緯が水産業、そして捕鯨と決して無縁のものでないのは前述のとおりです。狂牛病便乗か、IWC総会が近いせいか、巷ではスーパーの鮮魚売り場などで「おさかなソング」がガンガン流されていますが、「頭がよくなる~♪」と歌詞に釣られて買い込むのは賢明な消費行動とはいえますまい。狂牛病やIWC総会を機会に、私たち一人一人が食のあり方を見つめ直してみるべきなのではないでしょうか──?

追記1:
 2004年には、神奈川の卸売業者がメバチマグロをホンマグロと偽る不正表示事件が発覚し、この手の不正行為が大手を振ってまかり通っている実態が浮き彫りにされました。マグロについては今後ICタグを用いたトレーサビリティシステムを導入しようとの動きがありますが、ウシにおいては農水省曰く「あり得ない」はずのタグ付け替え事件も起こっています。そこに旨味があれば、必ずシステムの裏を掻こうとする人間が出てくるのが世の常というものでしょう。畜産にしろ水産にしろ、こうした事件が明るみになるたびに、担当者のお詫び・反省の弁を援護する形で、最新システム実用化の動きといった話題が取り上げられる傾向にありますが、どうしても"消費者に対する言い訳"に聞こえてしまいます。

追記2:
 2007年、ミートホープ他生産~小売の不正表示発覚後を断たず・・。日本の食品業界はボロボロですね。問題意識を保ち続けなければ健康に関わる事態は消費者にとって不幸なことです。

* 鯨肉のトレーサビリティシステムはすでに導入済み。


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