(初出:2005/10)
捕鯨賛成票、1票おいくら?
2005年10月中旬、セントクリストファー・ネーヴィスのダグラス首相他政府高官3名が日本を訪れました。同国はカリブに浮かぶ二つの島からなる中南米で一番小さな国です。人口は5万人足らず。略称はセントキッツですが、どちらにしろ日本人で名前をいえる人は少ないかもしれませんね。実際のところ、在留邦人は1人(逆は0)、対日輸出170万円、輸入73億円、投資も進出企業もなし。日本が特に外交上注目する理由は見当たりません。大使館もないくらいです。一体、その首相が何をしに来たのでしょうか? 18日の総理官邸訪問の後、一行はニッポンのとある場所に足を運びました。愛知万博はもう終わっちゃったし、京都にでも寄ってくのかと思いきや──行先は太地町……。
そう、実はセントクリストファー・ネーヴィスは1992年からIWCに加盟している捕鯨日本ヨイショ国。そして、来年度のIWC年次総会開催国でもあるのでした。
実は同国からは7月にも外相が訪れており、常任理入の件もあったのでしょうが、直前にある合意が交わされていました(リンク参照)。内容は「零細漁業振興計画」に対する約6億円の無償資金協力、いわゆる水産ODAです。
年度 | 無償資金協力(単位:億円) |
---|---|
1999年 | - |
2000年 | 3.81 |
2001年 | 5.67 |
2002年 | - |
2003年 | 0.02 |
累計 | 9.89 |
さて、右の表は日本からセントクリストファー・ネーヴィスに対して行われた援助の実績。1998年以前は総額でも1億円未満で、2000/2001年度に突然桁が増えていますが、これは首都バゼテールに建てられた漁業複合施設の整備費。2003年度のわずかな分はNGO媒体の草の根援助。つまり援助は実質ほぼ水産ODAで占められているわけです。で、来年度また6億円と……。ところで、ポンと10億円近く支払われた翌年の2002年といえば、下関総会。実にわかりやすいですね。人口5万人弱、国民総所得わずか3億ドルの国にとっては、海外へ代表を派遣するのも負担ですし。
一般プロジェクト外の水産ODAについては、外務省の資料にもあまり詳細が載りませんが、カリコム(カリブ海共同体)諸国はこのセントクリストファー・ネーヴィスを始め7ヶ国がIWCに加盟しており、いずれも日本からの援助が同様のパターンで渡っている模様。ちなみに、水産無償援助は2001年度94億円、2002年度77億円、2003年度60億円で、一方一般プロジェクトの無償資金協力に占める農林水産分野分が2001年24億円、2002年20億円ですので、各国に複数年で数億円単位としてもIWC票買い分に相当重点的に注ぎ込んでいることになります。まあ、ODA白書内で農水省が「日本の外交政策や国益に関する重要な政策との連携」「海外漁場の確保及び漁業協定の円滑な推進」と謳っているくらいで、ODAの中でもとりわけ露骨に政治的なのが水産分野だといえますが……。
実際、過去の水産ODAは目を覆いたくなるような内容でした。漁船用のエンジンを送ったところ、船がないもんだから船外機だけゴロゴロと砂浜に野ざらしになっていた(当然使いものにならない)なんてのがその典型ですね。ヒモ付き援助に厳しい目が向けられていた頃に比べれば、厳しい財政事情や対米追従のあおりを受けてか、昨今は国益優先で当たり前という時代になってきましたけど……。ODAにはまた援助に名を借りた〝新たな公共事業〟の側面があることも忘れてはならないでしょう。資材の調達がたとえ現地になったとしても、コンサルは日本の業者に限られており、いまでもきわめてヒモ付き色が濃いことに変わりはありません。会計検査院の報告資料では、入札に参加するのが2、3社で、契約金額が予定価格の90%以上というケースが9割。基本設計の受注者が詳細設計まで受託するケースが大半(まあこれも当然の話ですが)。契約の半数は上位10社。検査院は透明性、競争性の向上を注視するとのコメントで終わってますが、逆にいえば現行の入札制度の不透明性が浮き彫りにされたといえます。天下りや談合の問題とも絡んできますが……。ちなみに、このセントクリストファー・ネーヴィスの案件が6億円や2年かけて10億円弱というのは、総務省の政策評価の対象が1件10億円以上の無償援助に限られていることもあるのでしょう。こーゆーとこだけは、官僚の仕事の手際のよさはお見事というほかありません。
セントクリストファー・ネーヴィスに話を戻しましょう。今年交わされた無償資金援助計画の中身にこう書かれています。
「現在同国にある水産基盤施設は、首都バゼテールにある水産センターが唯一であり、それ以外の漁村では集約された水揚げ場が無く、漁獲物の水揚げ・販売は分散して行われているため、効果的な流通の面で問題がある」
「この計画の実施により、水揚げ場が集約されることによる漁獲物の効果的な流通の実施や、製氷施設から廉価な氷を購入できること、鮮度を保持した漁獲物を高値で販売できることにより零細漁業者の経営改善が図られるとともに一般消費者に対し衛生的な魚介類が供給されることが期待される」
バゼテールの水産センターというのは、先回の日本の援助で建てたもの。折込済みというわけです。それなら、最初から集落単位で小さな水揚施設を造ればよかったものを。まさに無駄な援助。「効果的な流通」といっても、同国は面積でいうと熊本市とほぼ同じ(人口は10分の1以下)。対日収支は大赤字なんだから、輸入でもしてあげたらどうですか? できるものなら。
同国の漁業は地場消費に限られてきました。まさに伝統的な漁業。日常口にしてた魚を高値で地元民に売らせるんですか? それとも、氷やら何やら買ってホテルに売り込めっていうの? 外資が入ってなきゃいいけど・・。捕鯨擁護派がうるさく言うところの文化と価値観の押し付けが地元の文化・社会の破壊を招いてきた事例は、第三世界と先進国との関わりの中で幾度も繰り返されてきたこと。世代を越えて持続的利用が可能だったものを、必要な投資だと唆されたがために、豊かさの幻想を抱いたがために、過剰漁獲に走って収奪的な性格の漁業に様変わりし、結局資源枯渇に至った事例も枚挙にいとまがありません。日本の漁業史においてさえ。
漁業国=捕鯨賛成国という強引な図式で、実際には票買いしか目がないために、地元のニーズ、相応しい生活・産業の形態など眼中になく、カネをばらまいて彼らの暮らしを引っ繰り返す。セントクリストファー・ネーヴィスも、観光が主要産業であれば、身近な海を汚し、埋め立て、よその海まで出向いて根こそぎにし、競争力を失った後も巨大化した胃袋に収めるべく世界中の海から魚を買い漁る〝水産大国〟日本の二の轍を踏まず、豊かな自然を守るべきでしょう。カリブの海はクジラたちが冬を過ごす繁殖場でもあるのですし。
無償援助は要するに税金で全額負担するということですが、私たち捕鯨と無関係な日本人にとってもたかが1票は高い買い物です(実効性を考えれば捕鯨を応援する人にとっても高いでしょうが)。しかし、票を売るほうにとっても、恐ろしく高いものにつきかねませんよ──。
補足1:
バゼテールの事業を請け負ったパシフィック・コンサルタント・インターナショナルは、アジア諸国を始め多くのODA案件を受注しているコンサル最大手で、開発調査にかかる不適正行為でJICAに指名停止処分を受けている(すでに三度目とか)とのこと。
日本の援助がしばしば相手国の腐敗官僚・政治家と癒着して住民のニーズを無視した形で投じられ、生活改善に役立つどころか、社会・自然環境の破壊を招いてきた事例がこれまで数多く報告され、海外のメディア・NGOから厳しい批判にさらされて久しいのですが、現在においてもその体質は改善されていないようです。日本の捕鯨推進政策が、南極の野生動物を追い詰め生態系を撹乱するのみならず、票買いという一国の身勝手な利得行為の結果として、第三世界の国々の地域文化と自然の破壊をも引き起こしているというこの現実──世界にもっと警鐘を鳴らす必要がありますね。
補足2:
上記補足は2005年10月時点の記事ですが、2007年にも同じコンサル会社による不正行為がまたまた明らかになりました。懲りない人たちだニャ~。
《参考》
外務省(セントクリストファー・ネーヴィス)
(同国への無償資金協力について・7/1)
会計検査院発表資料