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捕鯨論説・小説・絵本のサイト/クジラを食べたかったネコ

── 日本発の捕鯨問題情報サイト ──

(初出:2008/3)

捕鯨戦争勃発!?
 ──暴力のエスカレートを煽るニッポンの政治家発言の怪──

 2008年3月9日に放映されたフジテレビの報道番組にて、自民党内でもタカ派で日本の"ネオコン"の代表格と目される中川元政調会長から、シーシェパードによる日本の捕鯨船への妨害行為に対し「きちんとした武力行使をやる必要がある」「撃沈も辞さない」との爆弾発言が飛び出しました(3/10読売)。一議員による民放での発言であり、別に日本政府の公式会見でも何でもありませんし、本人も国内の保守層のウケをねらった100%のパフォーマンスだったのでしょう。そうであっても、およそ良識を疑う発言ではありますが・・。
 それにしても、きちんとした武力行使とは一体全体何なんでしょう? 海保の警告弾じゃ生温いという"感覚"からこぼれた台詞だったんでしょうが・・。刺激臭を放つ薬品の入ったビンを投げるだけの民間団体に向かって発砲しろというのでしょうか? 銃殺しろというのでしょうか? 撃沈とは、多数の民間人を死傷させる結果になってもかまわないということでしょうか? それは到底正当防衛などとは呼べません。まるで戦車に向かって石を投げるパレスチナの子供を撃ち殺すイスラエル軍のようなものです。よりによって、多くの市民が犠牲になった東京大空襲の前日に、そんなきな臭い発言ができること自体驚くべきことです。しかし、これは単なる一政治家の軽率な戯言といってすまされるものではありません。
 湾岸戦争時に誰かに「カネしか出さない」と言われたことでよっぽど引け目を感じたのか、十分な議論もなされず法的矛盾を抱えたままなし崩し的に進められてきた自衛隊の海外派遣ですが、曲がりなりにも国連のPKOないしアメリカ主導の多国籍軍のバックアップという形をとってきました。しかし、もし捕鯨船団の警護を名目に海上自衛隊の艦船(ないし"敵船"を撃沈させるべく武装させた長航続距離の海保の警備艇・・そんなのあるか?)を派遣するということになれば、これまでとは打って変わって完全に日本独自の判断に基づく"海外での武力行使"ということになり、大変重い意味合いを帯びることになります。それこそむしろ、中川氏としては捕鯨などどうでもよく、海外派兵に対する世論・マスコミとの温度差を測る"観測気球"発言の一つだったのかもしれませんが・・。
 しかも、相手は過激といっても臭気ビンを投げつけるだけの環境保護団体です。信条も反捕鯨でわかりきっています。「テロとの戦い」を主導し、シーシェパードの本籍地でもある米国を含め、日本以外の世界中のどこの国も、武器を収集し民間人の人命を犠牲にする破壊活動を企てる反社会的テロ組織として認定するはずがありません。
 そしてまた、武力活動を前提として他国の艦船が近海を通過し、形式的とはいえ領有権を主張する南極と自国の間に長期間駐留し、威嚇発砲などの軍事行動を行うようなことになれば、オーストラリアにとっては有事に限りなく近い甚だ憂慮すべき事態であり、黙って見過ごすはずがありません。野生動物としてクジラを熱心に保護し、大戦中の捕虜殺害の記憶もまだ残るオーストラリア国民の反日感情も一挙に爆発するでしょう。日本はオーストラリアと昨年日豪安保協力宣言を結んでおり、日本にとっては米国以外で唯一準軍事同盟関係にあり、米軍への給油支援活動などを積極的に評価している国でもあります。「対シーシェパード防衛」は政府与党にとって、日米豪の緊密な軍事的協調関係をご破算にするだけのプライオリティを持つ国家の一大事なのでしょうか??
 日本の右系政治家によるこの手の発言は、他の国々にもいろいろとあらぬ憶測を呼ぶでしょう。アメリカの意向と関係なく「外へ軍を出したい」という願望の表れとみなされ、欧米・アジア諸国に強い警戒心を呼び起こしかねません。首相交代で関係改善に向かいつつあった中韓両国との雪解けムードが急速に冷めることは避けられないでしょう(IWCでは両国は比較的日本に同情的であるにもかかわらず・・)。捕鯨船団への護衛の名目で自衛艦が近傍を通過することになれば、東南アジア諸国もいい顔をするはずがありません。
 もちろん、実際問題としては非現実的もいいところです。まず第一に、アメリカに対しシーシェパードをテロリスト組織として認定するよう要請を行う必要があるわけで、その先に一歩も進まないことは目に見えています。交渉をせずに、軍艦でも何でもない民間の船舶を攻撃して"撃沈"すれば、故意の軍事活動による一般市民殺害で米国・豪州その他の国との重大な外交問題に発展することは必至ですから……。
 そういうわけであり得ないこととはいえ、もし中川氏の主張を言葉どおり実行したとしたら、日本の外交上の損失は計り知れないものとなります。産・官・学に軍まで加え、国家が一丸となって捕鯨推進の旗を掲げる護送船団化は、そのまま亡国への道を突き進む狂気の沙汰以外の何物でもありません。喝采を送るのは歴史認識も外交の現実感も欠いたネット右翼だけで、大方の日本人はこうした発言に対して眉をひそめるでしょうし、水産庁・外務省関係者でさえも「余計なことを・・」と舌打ちしているに違いありません。
 シーシェパードのような団体は、過激なパフォーマンスで寄付を集める目立ちたがり屋、チンピラNGOと呼ぶにふさわしいとの意見に、筆者も同感です。ただ、テロリストとチンピラには大きな差があります。組織や狂信のために多数の人命を犠牲にする、卑劣で許しがたい行為であるテロとは、ニンゲンという動物の極限の愚かしさ、恐ろしさを象徴するものです。そのあまりの悲惨さを知らず、軽々しくテロという言葉を口にしたり、レッテルを貼ったりすることは慎むべきでしょう。「天国に行ける」などという大ボラで洗脳し、大勢の罪のない人々を巻き込んで若い命を絶たせる組織の卑怯な自爆テロに、実行者からも被害者からも"kamikaze"の名を被せられることに、筆者は日本人として激しい胸の痛みを覚えます。
 何よりも、最大のテロの悲劇とは暴力の連鎖に他なりません。アフガニスタンで、イラクで、パレスチナで、世界の各地で繰り返される悲劇から、何より内外で多くの人々を苦しめ数多の命が失われた"あの戦争"から、一体私たち日本人は何を学んだというのでしょうか? 米国に引きずり込まれてテロとの戦いという"泥沼"に片足を突っ込み、イギリスなどと同じく国民がいつ巻き込まれるともわからない無差別テロの影に怯える日本ですが、その日本がテロの要素のまったくないところになぜわざわざ火種を持ち込もうとするのでしょうか? 正当防衛の名で「殺されたいのか!?」と脅しをかけることに、一体どんな意味があるのでしょうか? 海外に向けてそんなメッセージを発信することで、一体誰にとって、何のメリットがあるというのでしょうか? 暴力の連鎖を断ち切るのではなく、一層焚き付けるかのような、暴力を率先してエスカレートさせんばかりの発言に、どんな真意があるのでしょうか──?
 シーシェパードのバカげた行動は非難されて然るべきです。シーシェパードの行為を非難するとともに"双方の自制"を呼びかけたオーストラリア政府の見解は、きわめてまともな一国政府の反応だったと思います。ロンドンのIWC中間会合でシーシェパードに対する非難決議が全会一致で通ったのも当然です。シーシェパードのやり方は、捕鯨問題に関して中立の多くの日本人にも無用な反発を招き、捕鯨を擁護する一部の人々を勢いづかせるだけで、返って水産庁と捕鯨業界の思う壺であり、クジラたちにとって何の利益にもなりません。クジラたちの運命を左右するカギを握っているのは、日本政府であり、日本人なのですから。
 ただ、不可解なのはむしろ日本側のオーバーなリアクションでした。日本政府がオーストラリアなどのように国として"大人の態度"を示し、捕獲調査計画を中途で切り上げてでも非暴力の立場を貫いていれば、国際的には日本への批判が和らぎ、IWCにおける立場をより強めていたことでしょう。船同士でものを投げつけ合っているさまは、ほとんど"子供のケンカ"ですね・・。世界の人々の目には、「あんなチンピラ連中相手に本気でやり合って、つくづく"品格"のない国だなあ」と映ったに違いありません。火薬入りの弾なんて物騒な代物を投げ返しさえしなければ、オーストラリアも自制を求めるのはシーシェパードに対してだけだったでしょうに・・。薬品が目に入って海保の職員が負傷したのであれば、それこそ"応戦"などせず後で賠償請求してやればいい話です。わざわざシーシェパードとその支持者に花を持たせてどうするのでしょうか? 紳士的に振る舞うことでシーシェパードの顰蹙ぶりを印象付けるといった戦略的発想も捨て、国内の捕鯨シンパに血気盛んなところを見せてやりたかったのですか? 捕鯨"応援団"に向けて「こんなに頑張っているぞ!」とアピールすることで鯨肉の消費アップにつなげ、在庫を少しでも減らしたかったのでしょうか? 東北大の石井氏の指摘するところの"逆予定調和"の構図は、こんなところにも見え隠れしていそうです。
 また、最低でもイワシクジラ、ナガスクジラ、ニタリクジラ、ザトウクジラ(一時中断ではなく)の捕獲中止を表明し、厳守していたなら、シーシェパード側の違法性のみを国際社会に訴えることもできたでしょう。CITESの規制対象となっている鯨種を公海から持ち込み商業流通させることで、日本の調査捕鯨は国際条約に違反しているとのそしりを免れないのですから。日本政府は所属船の旗国であるオランダと支持基盤の一つであるオーストラリアに強く抗議をしましたが(なぜシーシェパードの本籍地であるアメリカに抗議しなかったのかは少々疑問ですが・・)、ワシントン条約に反する行為をやめ襟を正してさえいれば、法令遵守を迫るにしてももっと説得力があったはずです。
 過剰"防衛"の結果人命が損なわれるような事態に至った場合、たとえちょっかいをしかけてきたシーシェパードの側に非があったとしても、日本は「たかが捕鯨のために人の命まで奪うようなイカレた国だ」と世界各国から非難の集中砲火を浴び、大変な苦境に立たされることになるでしょう。商業捕鯨再開も公海上での調査捕鯨も断念に追い込まれたとて不思議はありません。それはあるいは、クジラたちにとっては平和の訪れとなるかもしれません……。しかし、一日本人としては、たとえクジラにとって利益だとしても、そんなあまりにも情けない捕鯨の末路など見たくはありません。ネット動画でのくだらない応戦やマスコミ・世論の反応も含め、日本が"大人の国"であることを内外に示すためにも、ここは冷静な対応を促したいと思います。

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